大学の狂言研究会から数えるとキャリアは12年
上田圭輔さん(31歳)。たまたま飲み屋で知り合ったのだが、花と狂言のどちらにも詳しくない自分にとっては、聞く話すべてが新鮮だった。
上田さんが働く高円寺の花屋
「コンビニや豆腐の引き売りなど、いろんなバイトをしてきましたが、バイトより舞台を優先しているうちにすぐクビになっちゃって。でも、このお花屋は社長が理解を示してくれているため、続けることができています」
先ほど狂言師を「目指している」と書いたが、大学の狂言研究会から数えるとキャリアは12年。現在、内弟子見習い修行中である。
2011年に聖天山歓喜院金剛殿(埼玉)で公演した『棒縛』では次郎冠者役
「高校時代から演劇はやっていたんですが、大学の部活紹介で初めて狂言を観て『こんな表現があったのか』と衝撃を受けました」
これがきっかけで狂言研究会に入部。大学卒業と同時に室町時代から続く狂言の流派、「大藏流」の門を叩いた。
昨年、練馬区内の小学校で行われた狂言ワークショップにて
ここで上田さんは店内に戻り、例の「気分を鎮めてくれる」という花束を作ってくれた。「まだ働き始めて4年半なので」と謙遜する割にはすごいクオリティだ。
こんなかんじでどうでしょう
「トルコキキョウ、スプレーバラ、ワックスフラワー、そしてユーカリをあしらいました。派手な色のお花を使っていないのがポイントです」
お値段2,000円也。安い。
うむ
感動したので、店内で花を見ながらインタビューしたいと申し出たらお店取材はNGだった。しかし、上田さんが言う。
「街中にもお花はあふれていますよ。ちょっとぶらぶら歩きましょうか」
約半分はお供え用の花、「仏花」を買いに来る客
果たして街中でそんなにたくさんの花を見つけられるだろうか。さらに、危惧したのは「名前? ちょっとわかんないですね」という展開。しかし、上田さんは「イケると思いますよ」と自信を覗かせる。
とりあえず商店街を歩き始める
「出身は埼玉の旧妻沼町というところなんですが、父親の趣味が庭いじりだったので、いろんなお花を見て育つうちに自然に好きになりました。それもあって、お花屋のバイト募集に応募したんです」
上田さんは「花」に必ず「お」をつける。それを指摘すると、本人は意識していなかったという。無意識に湧き出るリスペクトなのだろう。
すると、洋食屋の店頭で色とりどりの花を発見。
全部造花だった
「赤いのはアンスリウムの造花ですが、その後ろの緑はポーチェラカですね。お花は咲いていませんが」
本来は夏に華やかな色の花を咲かせるらしい
これはルドベキア
真夏の炎天下でも花を咲かせる強い生命力を持った草花だという。
意外だったのは、花屋の客の約半分はお供え用の花、すなわち「仏花」を買いに来る客だということ。残りの半分が「店舗用」と「家庭用」を求める客なんだそうだ。
あ、ナデシコです
カランコエですね
おっと、上田さん、すごい知識量じゃないですか。疑ってすみませんでした。
「やっぱりお客さんに聞かれて『わかりません』というわけにはいかないので。図鑑や園芸本でかなり勉強しました」
狂言で一番好きな演目はお酒がらみの『月見座頭』
花屋にはちょっと変わったお客さんも多いという。
「ブランデーを持ってきて『一杯飲むか』と言ってくるおじさまとか。お酒は好きなのでいただきますけど。あとは、BL作家さんの販売会のお祝い用にアシスタントの方が注文をくださるんですが、『一緒に飾り付けてほしい』というパネルに描かれたイラストが過激すぎて作業中にドキドキします(笑)」
珍しいトウガラシの花
観賞用の花ではなく、どちらかというと実の方に注目が集まるが、こういう陰の立役者的な花もよい。
ここでオジギソウを見つけた上田さんのテンションが上がる。
「これは激レア」とのこと
こちらもオジギだけがフィーチャーされがちだが、こんな可憐な花を咲かせる草花なのだ。
葉に触れたらオジギした
狂言でいちばん好きな演目も聞いてみた。
「『月見座頭』といって、盲目の人が中秋の名月の日に野に出て、虫の声を聞きながら月見をする話。同じように月見に来た人と歌を詠みあい、酒を酌み交わすところから物語が展開していきます。まあ、狂言は半分以上の演目がお酒を飲んで失敗したりという内容なんですが、このお酒には特別な風情があります(笑)」
一気に親近感が増す。ちなみに、精霊や神、歴史上の人物の幽霊などが主人公の能と違って、狂言に出てくるのはどこにでもいる「人間臭い」人だそうだ。
ノウゼンカズラは夏から秋にかけて咲く季節の花
「あっ、アルストロメリア。これも街中ではあまり見かけない珍しいお花です」
名前がかっこいい
このあと、先ほど洋食屋の前では花をつけていなかったポーチェラカに出会う。
こんな花だったのか
花を突つくとトマトみたいな匂いがするはず
上田さんに一番好きな花を聞いてみた。
「ハクモクレンです。桜のちょっと前に満開になるきれいなお花なんですが、散って地面に落ちると汚い茶色に変色するところが好き。人間臭いなあと思って」
なるほど。狂言の登場人物に通じるものがある。
オシロイバナは夜に咲く
芙蓉と狂言師
美しい
毎日のように通る道だが、この花が「芙蓉」だと知った今日からは風景が少しだけ違って見えるかもしれない。
「あ、ランタナだ。お花をぽんぽん突つくとトマトみたいな匂いがするはず」
うーん、トマトというか何かのフルーツっぽい匂いがした
左上から時計回りに、鶏頭、キバナコスモス、ペンタス、ひまわり
鶏頭(ケイトウ)は知っている。正岡子規に「鶏頭の十四五本もありぬべし」という俳句があるのだ。
同様に、日々草、マリーゴールド、たぶんアスチルベ系、チェリーセージ
アスチルベ系の花ではカナブンが蜜を吸っていた。
「カナブンはふつうにご飯を食べているだけですが、お花にとっては結果的に花粉を遠くまで運んでくれる存在なんですよね」
お花屋の仕事でできたハサミダコです
街中の花を探す旅はもう少し続く。
「これはヤマゴボウですね」
ヤマブドウかと思ったらヤマゴボウ
ここで上田さんの手のひらにタコを見つけた。聞けば「お花屋の仕事でできたハサミダコです」とのこと。
真面目に仕事をしているのだ
「そういえば紋章はお花や草木をかたどったものが多いんです」
寿司屋ののれんにも草木らしき紋章
「ああ、ここ『宝屋』っていう大阪ずしを出すお寿司屋さんで大好きだったんですよね。2年ぐらい前に閉店しちゃいましたけど」
大阪ずしは押しずしがメイン
「初めて気づきましたが、宝橋の横にあるから『宝屋』だったのか」
川は暗渠化されて遊歩道に
「あっ、カタバミ。これは撮っておいてください。どんな場所にも自生する多年草で、上田家の家紋なんです(笑)」
やはり何かの縁がある店だったのだろうか
ゴーヤは直射日光を遮るグリーンカーテンとして人気
上田さんがススッと歩み寄るのでは何かと思ったら、家の壁にめり込んだ石碑だった。
「土地工事費寄附者」と書いてあるらしい
「何の工事なんだろう。裏面が見たいんですど、家の中から見られるわけじゃないんでしょうね」
花以外にも関心を示す。単純に街歩きが好きなんだろう。
暗渠の上を歩く
サルスベリも初夏から秋の季節の花
ゴーヤ
「ゴーヤは最近、直射日光を遮るグリーンカーテンとして人気なんですよね」
立派な実も生っていた
最後にお届けするのは道路標識を飲み込む西洋アサガオのつる。
「西洋アサガオは宿根草といって、一回枯れても同じ場所からまた生えてくるしぶといやつなんです。一方で、日本アサガオはタネが落ちた場所から生えます」
何キロ制限かわからない
花と狂言、共通点は「人を笑顔にさせるところ」
というわけで、ご紹介した以外にも数多くの花を発見した。驚いたのは上田さんが下の1枚を除いて花の名前をすべて答えたことだ。狂言に花をテーマにした演目はあるのだろうか。
さて、花と狂言。その共通点はーー。
「お花は可憐だし、狂言は喜劇だし、どちらも人を笑顔にさせるところですね。ちなみに、『月見座頭』で盲人が愛でる中秋の名月ですが、今年は10月4日。ぜひ、お花と狂言に思いを馳せながら夜空を見上げてみてください」
なお、妻に花束をプレゼントしたところ、大いに喜んでくれたが、翌日また酔って帰ったので振り出しに戻りました。
後日、「店長に聞いたら『ヤブラン』とのことでした」と報告が