観光客も遠のく真冬の沖縄の海。ここでは夜な夜な、人知れず不思議な現象が起きている。
2016年2月。沖縄で100年ぶりに雪が降った。史上稀に見る大寒波の到来だ。
今回の検証にうってつけ、おそらくは二度と無いような好条件である。
その珍現象を観察するにはこうした遠浅の干潟(沖縄の方言でイノーという)などが適している
寒い!!沖縄でダウンにウェーダーなんて格好をすることになるとは。
ただし、ただ寒ければいいというものではない。
日が落ちて特に冷え込む夜間、しかも浅瀬や岸辺に取り残された魚を狙う訳だから、干潮であることが大切なのだ。
となると、大潮の晩がベストである。そして幸いにも、僕はまさにそのタイミングで休暇を取ることができたのだ。
ダウンジャケットとウェーダーを身につけ、真夜中の干潟へと繰り出す。
大漁!!
いきなり何か落ちてる…!
踏み出して早々、鮮やかな瑠璃色の物体が足元を漂っているのに気づいた。
ああー!なんかかわいそうなことになってる。
スズメダイの一種がひっくり返っている。
手に取ってみると、まったく身動きはしないがかろうじて鰓は動いている。
死んでいるわけではなく、たしかに失神しているだけなのだ。
いかにも沖縄といったカラーリングのスズメダイだった。絶命しているように見えるがご安心を。実際は寒さに凍えて気絶しているだけ。
…寒さで魚が気絶するという噂は真実だった。
呆気にとられる間も無く、足元を照らすライトの輪の中に次々と小魚たちの白い腹が浮かび上がってくる。
これは大漁の予感…!!
また!
こちらはヨコシマタマガシラ。ほぼ完全に陸地へ打ち上げられている。
イットウダイ科の魚。
こちらもイットウダイの一種。この晩、イットウダイ類は特にたくさん見られた。
こちらのタイドプールでは小魚が二匹揃って失神中。
ハゼの仲間だった。どうやらこうした身体が小さく、浅瀬でじっとしているタイプの魚は露骨に寒波の影響を受けてしまうらしい。
カエルウオも浅瀬に横たわる。
完全に干上がり切ったところにも!
センカエルウオ。手のひらに乗せていると、体温で暖まったのか次第に元気を取り戻しはじめた。
時を同じくして深場の多いイノーを探っていた友人からはウツボをはじめ結構な大物が捕れたとの報が。
地元の人たちの話だと、リーフエッジが岸からほど近くに切り立っている地形を選ぶことが大物を拾うコツなのだとか。
魚にとっては超過酷!
次々に見つかる気絶魚。
しかし、ついにある懸念が現実のものとなる。
お、また気絶魚発見!…と思いきや
かわいそうに、こちらは完全に絶命している。イッテンフエダイの幼魚だった。
気絶を通り越して、亡くなってしまった魚を見つけてしまった。
背にカニに齧られたような傷はあるものの、まだまだ新鮮であることからおそらくはやはり寒さに負けたものと思われる。
面白がって観察してきたが、やはり魚にとっては極めて過酷な事態なのだ。
いや、魚だけではない。
岩べりに打ち上げられた青白い物体を発見。魚じゃないな。
ウデナガカクレダコだった。寒波に震えているのは魚だけではないのだ。
タコも打ち上げられている。あらゆる浅瀬の生き物にとって、今宵は試練の夜なのだ。
川にイカが!?海の魚が!?
さて、ひとしきり海の様子を視察したら今度は河口を少し遡ってマングローブの生い茂る汽水域へ。
ここでも魚たちは凍えているのだろうか。
オヒルギやメヒルギの茂るマングローブ林へ。真水と海水が入り混じる汽水域なので、魚類層は独特。どんな魚たちが行き倒れているのだろう。
もっとも数多くぶっ倒れていたのがこのツムギハゼ。フグと同じ神経毒であるテトロドトキシンを持つ有毒魚。
南洋特有の汽水魚たちがひっくり返り、横たわり、浮き上がって、流されている。
シタビラメの一種であるミナミウシノシタもピクリとも動かず。
しばらく遡っていると、奇妙な魚が現れた。いかにも南国、サンゴ礁の熱帯魚ですよという佇まい。
「ツノダシだ!」
まさにリーフや漁港の魚。汽水域で見られることはほとんどないはずなのになぜ。
ツノダシ!河川では初めて見た。
さらに驚きのゲストは続いた。
「ハナミノカサゴだ!」
お前もどう見てもサンゴ礁の魚だろう。マングローブにいちゃあいけない。
こちらもバリバリ「海の魚」。汽水域とはいえ、河川に進入する魚ではないはず。
これはおそらく、沿岸で寒さに凍えて漂っているところを上げ潮によって河口から押し上げられたものであろう。
おそるべし、大寒波…!!
そして今年も、2016年ほどではないが、なかなかキツめの寒波はやってきた。
そんな夜にスッポンを探して市街地の細い川を徘徊していると、驚くべき生物に遭遇した。
河口近くの細い川。スッポンの観察ポイントだったのだが…。
ええ…?イカ…?
しかもデカい。コブシメ(沖縄での呼び名はクブシミ)という日本最大のコウイカだ。この後、沖縄在住の友人宅に翌日のごちそうとして引き取られていった。
イカ。しかもデカい。大型のコウイカの一種であるコブシメだ。
漂っていた場所は普段ならスッポンやアカミミガメがいるエリアなのだが、この晩は大潮。しかも満潮。かなり潮が入っていたようでティラピアに混じってボラが群れている。
こういう条件ならば、イカが凍えて河川にまで迷いこむこともあるのだ。
真水では外来魚たちが……!
このように、寒波は沖縄の海に暮らす生物たちに甚大な影響を与えるのである。
では純淡水域では何事も起きないかというと、決してそんなことはない。
真冬の川や池では…
熱帯原産の魚たちが死屍累々に。
ダムや野池、川の大きな淵といった場所ではプレコことマダラロリカリアやティラピアなど熱帯原産の外来魚たちが絶命し、岸辺に打ち上げられている。
日本の生態系でやりたい放題やっているイメージの強い外来魚だが、彼らなりに大変な苦労があったのだ。
寒波は台風以上の一大事かも
こうして見ると南国沖縄において寒波とは、やもすると台風よりもはるかに重大で深刻な災害なのかも知れない。
ちょっと冷え込んだくらいで「寒い寒い!」と騒ぐウチナンチュの友人たちを「おいおい大袈裟だなー!」と笑っていたが、今後は考えをあらためようと思う。
無理をして気絶でもされると困るので。