「そうそう、犬用のコメもありますよ」
話を聞かせてくれたのは東京・荻窪にある「森田屋米店」社長の森田昌孝さん(59歳)。
創業は大正15年という老舗
森田さんは3代目
店内は玄米が入った麻袋と山のように積まれた精米済みのコメで満ちていた。店員さんたちが忙しそうに立ち働く。新米の入れ替え時期にあたる今が一番忙しいという。恐縮です。
コメ、コメ、コメ
さて、森田さん。なぜ、急にコメの品種が増えたんでしょうか。
それはね
「一番の理由は品種改良によって種類が増えたこと。とくに、90年代には農水省による栄養価を高くしたり成分量を変えたりする『スーパーライス計画』でいろんな品種が誕生したんですよ」
もともとは、寒さに強い「農林1号」と病気に強い「農林22号」がコメの系統図の源流。この二つを掛け合わせて生まれたのが「コシヒカリ」と「ササニシキ」なんだそうだ。
うなずきながらメモを取っていると、さっきから足元をちょろちょろ動く生き物がいる。
ののちゃん(9歳)
「コメの名前を付ければよかったのでは」と聞いてみると、「たしかに(笑)。でも、もらった犬だから名前がもう付いてた」とのこと。「ゆめぴりか」のゆめちゃんとか、かわいいのに残念。
ちなみに、ののちゃんは取材中ずっと「森田さんの脚にじゃれつく」「床を舐める」という作業を反復していた。
「そうそう、犬用のコメもありますよ」
えっ。
「ケンヒカリ」
「安曇野の農家が自分とこで作ったコメを愛犬に食べさせたくて開発したんです」
いきなり、すごい品種が登場した。
コメの名前とは思えない「晴天の霹靂」
人間用のコメの話に戻す。コメの元祖ともいえる「コシヒカリ」と「ササニシキ」。なぜ、この名前になったんですか?
両雄並び立つ
「『コシヒカリ』は産地である北陸地方を指す『越の国』が光かがやく、という意味みたいです。『ササニシキ』は単純に『ササシグレ』と『ハツニシキ』という品種を掛け合わせてできた品種たから」
ここで、森田さんが「コメの系統図」を見せてくれた。
おお、わかりやすい
あっ、「森のくまさん」はコシヒカリ系なんですね。しかし、コメの名前っぽくないなあ。
「これ、パッケージにくまモンを使っている商品もありますが、じつはくまモン誕生以前からあった品種。あまり売れなかったんですが、くまモン効果で今は大人気です」
名前の由来は「森の都、熊本で生産された米」とのこと。
続いて「ゆめぴりか」。
北海道米の未来を担うエース
「『ぴりか』はアイヌ語で『美しい』という意味。北海道の美しい夢を託すということで、この名前になったようです。ちなみに、このJASマークを取るのはほんっとに大変なんですよ」
お次は、こちらもコメの名前とは思えない「晴天の霹靂」。
2015年にデビューした青森米の新品種
「青天の『青』は青森の青、『天』は広がる空。稲妻を指す『霹靂』が稲に寄り沿ってコメを実らせるという由来みたいだね」
そして、「ミルキークイーン」。英語名のコメってかなり珍しいのでは?
茨城発祥の品種
「一般的なコメよりミルキー、つまり乳白色だから。うちの契約農家の大野満雄さんのお父さんが命名したと言われています。大野さんはすごい人で、農薬も化学肥料も使わずに本当においしいコメを作るんです」
なるほど。しかし、森田さん。これだけいろんな種類があると、プロでも見分けがつかなかったりするでしょう。
「いや、わかりますよ」と言って出してきたのが下の2種類のコメ。
「ミルキークイーン」(左)と「コシヒカリ」(右)
ちょっと違いが見えてこないです。
「こうやって手に取るとわかるでしょう。『ミルキークイーン』はミルク色をしてる」
うーん、奥が深い世界である。
コメの名前は誰が決めるんだろうか
「コメの名は。」を続ける。
再び店頭に出た
「高月清流米」のキャッチコピーには「希少な東京米」とある。ほう、東京産の品種もあったのか。
「ユニークなかかし達が守ります」とある
「八王子に田んぼがあるんですが、多摩川の支流の秋川って土壌が砂利で、それがおいしいコメができる要因。名前の由来はちょっとわからないですね」
ちなみに、東京オリンピックを前に需要が急増しているのだが、作付け面積をこれ以上増やせないため、常に商品不足なんだそうだ。
キーワードは「顔の見える米」
「皇室献上米」も気になる。
「これは毎年いくつかの県から選ばれた農家が特別な田んぼで作るもので、収穫されたコメは宮中の新嘉殿というところに奉納されます」
奉納米が「交通トラブルで届きませんでした」は通じないので、電車とタクシーの両方で運ぶそうだ。
値段はふつうだった
ところで、こうしたコメの名前は誰が決めるんだろうか。
「二つあって、ひとつは品種を作った試験場などが命名するケース。もうひとつは一般から公募するケースです」
自分が名付けたコメが全国に流通するなんてうらやましい。
「風さやか」と「みずかがみ」も公募組
品種改良という意味では、米粒が通常の1.5倍あるコメも誕生しているという。「龍の瞳」と「銀の朏」などがそうだ。これは一度食べてみたい。
「大粒モチモチ」
誰がどんな思いで作ったコメか
名前の由来をひとおおり聞いて満足したところで、森田さんが中を案内してくれるという。
左から貯蔵タンク、色彩選別機、精米機
なぜ色彩を選別する必要があるのかと思ったら、この機械で汚れたコメを検出して取り除くとのこと。
ブラックライトを当てて検出する
こちらが不良米だがじゅうぶん食べられそう
なお、森田屋米店では毎年、10年前から茨城県の契約農家に田んぼで日帰りの田植えと稲刈り体験ツアーを行っている。多くの人にコメ作りの現場を知ってほしいという思いからだ。
今年9月に行った稲刈り体験の様子
「一番大事なのは品種ではなく、誰がどんな思いで作ったコメかということ。店頭の看板にある『顔の見える米』というフレーズはこういうことなんです」
昭和15年頃の記念写真
塩なしでいくらでも食べられる
ここで、奥様が孫を抱いて登場。
お米アドバイザーの資格も持つひろみさん
ここに嫁いでから、めっきりパンを食べなくなったそうだ。
「せっかくだから食べ比べをしていけば? 炊いてあげるから」
おお、ぜひお願いします。こうして出てきたのが「ゆめぴりか」と「粒張米(つぶはりまい)」。
塩セットで
まずは「粒張米」から
なんというか、粒がしっかりしている。だから粒張なのか。続いて食べた「ゆめぴりか」はやわらかめの食感。
だんだん興奮してきた
というか、お米屋さんが選んだだけあって、どちらも本当においしい。「白飯だけでいける」という表現があるが、実際に塩なしでいくらでも食べられる。
もっちりセクシー系の「ゆめぴりか」
なにか特別な炊き方をしているのかと聞くと、「いまは炊飯器が進化しているから、ふつうに炊くだけ。要するにコメの力よ」。
いやあ、あの体験は衝撃的だった。家で料理をする際も食材や調理法にはそれなりのこだわりを持っている人は多いが、とにもかくにもまずコメ選びが重要なのだ。
ほめまくっていると、「よかったらおいで」と創業90周年イベントのチラシを渡された。
18金は高いのでパールに変更したそうです
大野さんのコメ、1杯目は白飯だけで
コメの名前の由来を聞きに行ったら、図らずも生産者と販売者のこだわりに触れることができた。
最後に、森田さんオススメのコメを買って帰りたい。彼が選んでくれたのは前出の大野さんが作った「ミルキークイーン」。1杯目は白飯だけで食べてみよう。