県道沿いでひときわ目を引く、独特の店構え
鎌倉大仏がある長谷から藤沢市内へ抜ける県道沿いに、何だか不思議な建物の定食屋がある。
その名もずばり、「ちんや食堂」。
「ちんや食堂」外観
ひときわ目を引く黄色の物体は、スピーカーのように見えるが、実はランプシェードのようだ。その下の黒い看板には「サンマーメン」とある。「ラーメン」と書かれた赤ちょうちんもあるし、木の切れ端で作ったような白い看板には「ぎょうざ」の文字が見える。
無秩序な色彩の中に独特の文字が躍っている。確かに不思議感が濃厚な店だが、その入り口の赤い暖簾を見ると、どうやら「中華料理」店であることは間違いなさそうだ。
そもそも「ちんや」って何だ。珍しいものが食べられるから「珍屋」なのか。
そんな数々の疑問を抱えつつ店内に入ると、そこには、何とも表現しがたい世界が広がっていた。
店主は80代で現役、その人生が詰まった店内
出迎えていただいたのは、店主の増田一仁(ますだ かずひと)さんと、奥さんの美佐子(みさこ)さん。
まずは、その店内の様子から拝見させて頂こう。
店主の増田さん(奥さんは、写真は遠慮したいとのこと)
所狭しと並んだ、さまざまなオブジェたち
どことなく、仏教の思想も感じられる
増田さんによれば、こうしたオブジェの多くは、自分の趣味で作ったものとのこと。
店外のさまざまな手描き看板も、増田さんご自身が「趣味が高じて」書いたものなのだとか。
以前は陶芸に凝っていたらしく、自作の皿や置物なども目に付いた。
仏教は特に意識したことはないが、「自然にそうなってしまったのでしょう」と話していた。
「空」という字をイメージしたという、陶器製の人形(テーブル右側)
店外の看板や店内のオブジェの一部にも、このサインが描かれている
これはskyではなく、「うつろ」という意味の「空」をイメージしているそうだ。
色即是空という言葉にも使われるように、やはり、どことなく仏教感が伺える。
そんなオブジェを眺めていたら、かなり昔の写真を発見した。人力車や着物姿の女性が写るその奥に、「鎌倉ちんや食堂」の文字が確認できる。
いつごろのものなのだろう。この場所の昔の様子なのだろうか。
そこで、増田さんに、お店の歴史や名前の由来を聞いてみた。
いよいよ明かされる「ちんや」の由来
実は、下の写真にある「鎌倉ちんや食堂」は、今の店の前身なのだそうだ。
昭和ひと桁の頃、鎌倉市にある長谷寺、通称長谷観音の近くに開業したとのこと。増田さんのお父さん(初代)が経営していたのだが、何分昔のことなので、あまりよく覚えていないらしい。
「ライスカレイ二十銭」の表記が、時代を感じさせる
そして肝心の「ちんや」とは、その頃ご縁があった、浅草の牛なべ店の屋号をそのまま使わせてもらったそうだ。正式なのれん分けという訳ではないのだが、「牛なべ」も提供していたとのこと。写真では不鮮明だが、右から3番目に同メニューが記されている。
やがて昭和40年ころになると、神社にお参りするような習慣が次第に廃れ、長谷観音を訪れる参拝客が少なくなってきたという。そこで先代は、現店舗周辺が住宅地化されてきたこともあり、新たな客層を求めて、1kmほど離れた今の地に新店舗を構えた。
現店主は一時期、サラリーマンをしていたこともあったそうだが、これを期に神田の北京亭という中華料理店で修行。新店舗を継ぎ、中華料理屋として現在に至る。
メニューは至って普通の中華料理
そんな「ちんや食堂」は、
はま旅Vol.26「大船編」でも紹介した松竹の撮影所に通っていた俳優などが、よく利用していたそうだ。映画「男はつらいよ」で主演をしていた故人、渥美清さんも、たびたび訪れていたとのこと。
しかし、時代が移るにつれ来店する人も少なくなり、今では一日30人程度といったところらしい。しかも、そのほとんどが昼食時のお客さんとのこと。実際、取材をさせてもらった14時ごろには、すでに誰もいなくなっていた。
人気料理やオススメは?
では、いよいよ人気メニューを頼んでみよう。
お店の看板商品は「ギョーザ」とのこと。麺類は「サンマーメン」や「しいたけそば」が人気らしい。
店主からは「もつ炒め定食」も薦められた。
朝からご飯抜きで訪問したが、とても全部は食べきれない。
そこで、「ギョーザ」と「しいたけそば」、それに「もつ炒め」の単品を頼んでみた。
まずは、「しいたけそば(800円)」
全体的には、しょう油ベースのトロ味がかかった「広東麺」といった感じだ。
そこに、干しシイタケを戻して、甘く煮込んだものが入っている。
シイタケ独特の香りが、湯気に持ち上げられて食欲をそそる。この食感がすごい。
まるで生シイタケのようなシャキシャキした歯ごたえがある。
店主に聞くと、朝早くから手間暇をかけて、4時間ほど仕込むのだそうだ。
続いて「もつ炒め(750円)」と、「ギョーザ(450円)」
舌の上でとろけていくような、柔らかな「もつ炒め」にも感動した。モツ独特の臭いは全くしない。
これも朝からモツを煮込んで、トロトロになったものを炒めているそうだ。味付けは塩味で、よくあるピリ辛味ではないが、ご飯が進みそうな逸品。
「ギョーザ」は大ぶりのものが5個。表はパリパリで、裏側はモチモチしている。皮は薄めのものを使用しているが、一つ一つを離すときに、くっついて破れるようなことはない。かなり弾力性のある生地だった。
なお、これらのメニューの一部は、お持ち帰りも可能となっている。
「ちんや」の敷居は、決して高くはない
どうやら、外観から想像するような、奇をてらった店舗ではなさそうである。
根は至ってマジメな店主が、そのささやかな趣味を展示しているに過ぎないのだ。
本当はというのも変だが、増田さんは温かい人なのである。店の敷居は決して高くない。
ほんの少しの勇気さえあれば、同店の歴史のあるメニューが堪能できる。
機会があれば、ぜひ訪問してみてはいかがだろうか。
そして「ちんやワールド」を、直接体験してほしい。
もし訪問された方がいらっしゃったら、その感想なども寄せていただければ幸いである。
ちんや食堂
住所:神奈川県鎌倉市常盤404
電話番号:0467-31-8256
定休日:日曜、第1・3月曜
営業時間:11:00~15:00