特集 2016年9月2日

「節水にご協力ください」の意味とは?

分かった、けどどうして?
分かった、けどどうして?
今年の夏、関東地方は早くから渇水になると言われていた。水不足の恐れがあって、水道局や国交省などが、あちこちで「節水にご協力ください」と呼びかけていた。

そうか、そういうことなら節水を意識しなければ。水は限りある資源だし。などと思ったけど、同時に疑問も湧いた。

一般家庭が節水すると、それがどうして水不足の役に立つのだろうか?
1974年東京生まれ。最近、史上初と思う「ダムライター」を名乗りはじめましたが特になにも変化はありません。著書に写真集「ダム」「車両基地」など。
(動画インタビュー)

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どういう仕組み?

台風9号、10号がたて続けにやってきて雨を降らし、ひとまず関東地方に水不足の恐れはなくなった。利根川水系に出ていた10%の取水制限も、ちょうど今日の午前9時に解除されたはずだ。

というわけですっかりタイミングを逃してしまったけれど、今年の夏、僕にとっていちばんの関心は渇水でも洪水でもなかった。どうして渇水になると節水を呼びかけるのか、つまり「一般家庭がいつもより蛇口を絞ると、どういう仕組みで最終的に水がめのダムの貯水量が下がるのを抑えることができるのか」ということだった。
家の蛇口がどうしてここに繋がるのか
家の蛇口がどうしてここに繋がるのか
見に行ったダムでもこの標語が
見に行ったダムでもこの標語が
ちょっと何言ってるのか分からないかも知れないので、もう少し細かく説明してみる。

川の水は上流から下流に向かって流れる。それを俯瞰で見ると、一般家庭はその流れのかなり下流の方にある。
たとえば水道水で言うと、山に降った雨や雪が川に流れ、都市の近くで川から取水されて浄水場に送られ、浄化された水が給水所などを経て一般家庭に送られる。そしてカップラーメンに注がれたりトイレを流したりして使われる。
さらに下流には下水処理場があって、ラーメンの汁やトイレットペーパーなどを処理してきれいになった水は川に戻され、海に流れて行く。

ここで、トイレを流す回数を減らすなどして、一般家庭がいつもより節水したとしても、すでに水は川を流れて来ているのだ。浄水場で処理した水が余るか、取水する部分で取水されずそのまま海に流れ出るだけではないだろうか。

川から水を引いて使う場合は必ず「水利権」という規則がある。川からどのくらいの量を取水できるかは水利権によって細かく決まっている(季節によって量が変わることもある)。逆に言えば、水利権で決められた分は誰にも文句を言われずに取水できるはずだ。そして、水不足になるとよく耳にする「取水制限○%」とは、取水する量を水利権で決められた量から○%引いてくださいよ、という取り決めだ。
これは水道用ではないけど水利権の標識
これは水道用ではないけど水利権の標識
取水制限が水不足に役立つのは分かる。取水量が減るということは川の水が通常より少なくていいということだ。つまり上流のダムからの補給量を減らすことができるのだ。

でも、川から取水できる量が決まっている以上、取水制限の有無に関係なく、その下流にいる僕たちが水を使おうが節約しようが、取水地点より上流には関係ないのではないか。「節水にご協力ください」というポスターを見ながら、そんな疑問が湧いた。
職場の給湯室にも貼ってあった
職場の給湯室にも貼ってあった
そこで、「水不足はどうやって防ぐのか」、「一般家庭の節水がどういう仕組みで水不足に役立つのか」という質問を、一級河川を管理している国土交通省、ダムや取水堰を運用している水資源機構、水道を供給している東京都水道局に聞いてみた。

すると出てきた答えは、やっぱり「節水は水不足に有効である」らしいのだ。
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川の水はどう管理されているのか

まず、東京の重要な水源のひとつである利根川を例に、川の水がどう管理されているかを整理しよう。

川の水は、多すぎても少なすぎても人々の暮らしに影響が出る。
先日の北海道や去年の鬼怒川などのように、多すぎると洪水が起こり、大変な被害が出てしまう。逆に少なすぎると断水したり農作物が枯れたり、水を使う工場の操業が止まったりする。川に暮らす生物にも悪影響がある。
洪水は恐ろしい
洪水は恐ろしい
水不足も困ったものである
水不足も困ったものである
そこで、川の流量をある程度の範囲内に収めるため、ダムや遊水池に貯めたり放流したりしている。ちなみに川の水が増えすぎないようにすることを「高水管理」、足りなくならないようにすることを「低水管理」と言うらしい。この記事は水不足の話なので低水管理だ。

利根川の場合、流量を把握し日々調節している司令部は、前橋市の国土交通省利根川ダム統合管理事務所にある。
利根川を統べる利根川ダム統合管理事務所
利根川を統べる利根川ダム統合管理事務所

複雑すぎる利根川の運用

日本一の流域面積を持つ利根川は、上流からいくつもの支流が合流し、途中で何ヶ所か農業用水が取水され、東京や埼玉に水道用水を送るための武蔵水路も分岐している。最終的には江戸川も分かれ、利根川本川と江戸川それぞれが海に注いでいる。その複雑な水系が1都5県で数千万人もの人口を支えているのだ。水不足が起こった場合の被害は甚大だ。
利根川にどう合流があってどう分岐して行くか(国土交通省資料より)
利根川にどう合流があってどう分岐して行くか(国土交通省資料より)
だから、上流のダムのそのさらに上流の山に積もった雪から河口までを見渡して、常に全ての水の流れを監視し、1年以上先までを見据えた緻密な運用が行われているという。

利根川の低水管理は、渡良瀬川が合流して江戸川が分岐する間の埼玉県久喜市栗橋にある流量観測所を基準として、すべての判断が行われている。つまり、栗橋の流量が必要量より少なければその不足分を上流のダムから補給し、多ければ余る分はダムに蓄える。話としては簡単だけど、実際に行うのは難しい。なぜなら、上流にあるダム群から流れ出た水が栗橋に届くまで、およそ30時間かかるのだ。つまり、常に30時間先の状況を予測して上流のダムをコントロールしなければならない。もはや視点は神の領域である。
実は利根川水系のダムはこの水位計に支配されていた!
実は利根川水系のダムはこの水位計に支配されていた!
ここの流量が利根川の水運用の基準なのだ
ここの流量が利根川の水運用の基準なのだ
さらに、雷雨など突発的な天気の悪化や、水力発電所の運転で流量に急激な変化が出る場合もある。その変化の波を読みつつ、30時間先の状況を予測しているのだという。

実際には、予測をして放流量を決定しダムに指示、それから放流操作開始となるので、30プラス数時間先を予測しなければならない。そして重要なのは、常に目標流量を超えるように放流していればいい、ということではないところだ。今年の夏の状況を見ても、利根川のダムの貯水量には余裕がない。つまり基準を上回ってしまう無駄な放流(無効放流)はできるだけ避けなければならない。そこで、30時間先の流量を予測しながら、それが目標を下回りそうだ、という結果が出たところを補うように、ピンポイントで補給しているのだ。

どうだろう。日本一の流域面積を持つ河川で、朝9時の段階で翌日夕方の流量を予測しながら、ダムの放流量をコントロールしている。毎日この繊細な操作が地道に続けられているおかげで、年間を通して何も気にすることなく蛇口を開ければ水が出てくる、という状態が保たれているのだ。いったいどうやっているのか、ぜひ「プロフェッショナル」で密着してほしい。

低水管理、と聞くと、どことなく地味な印象があったけど、最新のテクノロジーと長年のデータの蓄積、そして職人的手さばきが組み合わさった、東京都市圏という世界最大の都市を運営するための非常に緻密でハイレベルな操作だったのだ。

このお話を聞いたとき、僕はある意味、大雨による洪水と戦うダムのはたらきを知ったとき以上の衝撃を受けた。
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水が家に届くまで

低水管理の仕組みが分かったところで、では実際に東京の水がどこからどうやって流れてくるかを見てみよう。

東京の水がめは、大きく分けて3つの水系がある。利根川水系と荒川水系、そして多摩川水系だ。

昔から東京の水を担っていたのは多摩川水系。上流にある小河内ダムは水道専用としては世界最大級のダムで、さらに羽村取水堰などから取水された水が村山上・下貯水池(多摩湖)、山口貯水池(狭山湖)にも貯められる。
元祖東京の水がめ、小河内ダム(許可を得て撮影)
元祖東京の水がめ、小河内ダム(許可を得て撮影)
多摩川の水を取水する羽村取水堰
多摩川の水を取水する羽村取水堰
昭和2年から東京の水を貯めている村山下ダム
昭和2年から東京の水を貯めている村山下ダム
しかし戦後、東京の人口は爆発的に増え、小河内ダムが干上がるなど多摩川水系だけではとうてい賄いきれなくなってしまった。そこで関東地方を縦断する大河川利根川と、埼玉県から東京北東部を流れる荒川にも水源を開発することになり、利根川と荒川上流には日本を代表するような巨大ダムが何基も造られた。

ちなみに、ダムのない支流から利根川に流れ込んだ水も混ざっているのはもちろん言うまでもない。
現在の東京最大の水がめ、矢木沢ダム
現在の東京最大の水がめ、矢木沢ダム
利根川水系で高さ最大の奈良俣ダム
利根川水系で高さ最大の奈良俣ダム
下久保ダムも東京の水源としてとても重要
下久保ダムも東京の水源としてとても重要
荒川から東京や埼玉へ水を供給する浦山ダム
荒川から東京や埼玉へ水を供給する浦山ダム
荒川最新の滝沢ダムも東京埼玉への水を貯める
荒川最新の滝沢ダムも東京埼玉への水を貯める
利根川のダムに貯めた水は、利根川からから荒川まで水路を掘って引いてくることになった。そこで造られたのが利根大堰と武蔵水路である。
利根川からいろいろな水を引くための利根大堰
利根川からいろいろな水を引くための利根大堰
利根大堰は埼玉県行田市と群馬県邑楽郡の県境に造られた取水堰で、武蔵水路のほかにも埼玉県や群馬県の農村地帯を潤す農業用水をいくつも取水する、非常に複雑な運用をしている。そのコントロールルームに表示されたパネルで複雑さを実感してほしい。
見ただけで複雑な運用が分かる利根大堰操作室のパネル(許可を得て撮影)
見ただけで複雑な運用が分かる利根大堰操作室のパネル(許可を得て撮影)
しかし自宅にほしいかっこよさ(許可を得て撮影)
しかし自宅にほしいかっこよさ(許可を得て撮影)
ちなみに利根川からの取水設備なので、今年10%の取水制限が出たときは、ここの取水用の水門を調節して取水量を減らしていたという。
武蔵水路入口で流入量を調節している水門
武蔵水路入口で流入量を調節している水門
荒川に向かって流れて行く武蔵水路
荒川に向かって流れて行く武蔵水路
荒川の上流や武蔵水路を経由して荒川に流れてきた利根川の水は、秋ヶ瀬取水堰で取水され、朝霞浄水場などで処理されて都内各地に供給されている。
左が秋ヶ瀬取水堰、奥の水門から浄水場に送られる
左が秋ヶ瀬取水堰、奥の水門から浄水場に送られる
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節水が上流のダムに届くまで

では実際に一般家庭が節水をしたとすると、どういうルートで上流のダムの水門を閉めることに繋がるのか、水の流れとは逆に追ってみる。

まず、われわれ一般家庭が節水に目覚め、極端に水の使用量を減らしたとする。浄水場で処理した水は、一般家庭に送られる前に給水所に貯められ、短期の需要の変動に対処しているらしいのだけど、ここで水が余りはじめる。

東京都水道局はおよそ1ヶ月くらい先までの需要予測を立てて、羽村取水堰や秋ヶ瀬取水堰から取水しているらしいのだけど、日々データを見直して、需要が減れば上流の各施設を管理する事務所に取水量を減らす連絡をするらしい。

給水所で水が余れば浄水場から送られる量も減るから、浄水場が秋ヶ瀬取水堰から取水する量も減るだろう。すると、荒川の低水管理では下流に無効放流が発生してしまうので、荒川上流のダムや武蔵水路からの補給を減らすことになる。武蔵水路の取水量が減るということは、今度は利根大堰の無効放流が発生して栗橋の流量が増えてしまうので、利根川の流量を調整している利根川ダム統合管理事務所は、上流の各ダムへの供給を減らす連絡をする。
利根川ダム統合管理事務所の会議室はさまざまな情報が表示されていてかっこいい(許可を得て撮影)
利根川ダム統合管理事務所の会議室はさまざまな情報が表示されていてかっこいい(許可を得て撮影)
そしてダムが水門を動かす操作をして、ついに利根川上流のダムの放流量を減らすことができるのだ。

実際のところは不明点もある

ここまで書いてきて残念だけど、実はこれは多少の憶測が混じっている。東京都水道局の部分に憶測が多いのは、実は聞いてもあまり詳しく教えてもらえなかったのだ。また、利根川からはほかにも多くの農業用水、工業用水、水道用水が取水されているので、東京の水道の需要が多少減ったとしても、放流量を減らせるかどうかは全体の需要を睨んだ上での判断になる。

そして、一般家庭が節水してから上流のダムまで伝わる時間も、実はよく分からない。経由している施設、関わっている事業者が多すぎるのだ。まあ、想像が現実離れしているのは自覚している。
節水したら下久保ダムの放流も少し減らせるだろうか
節水したら下久保ダムの放流も少し減らせるだろうか
とは言え、みんなの家の蛇口から流れる水の量がデータに変換されて、それらがひとつに集まって水の流れとは逆に利根川を遡り、最終的にはダムの水門を動かす可能性がある、ということは分かった。これはちょっとわくわくするのと同時に、自分の家も水系の一部なのだ、という責任も感じられる。今回は利根川を例にしたけど、大きな都市部はどこも同じような状況だろうと思う。

雨が降って取水制限が解除されたとは言え、今年の冬がまた雪不足になれば、来年も水不足の恐れはある。ふだんからできる範囲で節水するに越したことはないのだ。

引くくらいマジな記事ですいません

今年の夏はあちこちで「節水にご協力を」という言葉を見かけた。何となくそうなんだろうと思いつつ、僕はあまのじゃくなので、明確な理由が分からない限りその情報をシェアできない、と思っていた。でもこれで心置きなく人にも節水を説けるようになった。

いまいちばん興味があったのだけど、なんか引くくらい面白味のない記事でごめんなさい。
水供給に関わっている皆さんおつかれさまです
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