渋谷のマンガサロン、『トリガー』
渋谷駅から徒歩5~6分くらい、ビルの4階に目当ての場所はある。
1階の『香港ロジ』という中華屋さん、美味しくてリーズナブルでお勧めです。
木のぬくもりを感じる素敵なインテリア。
でも、本棚の中が全部マンガ。
本棚にマンガだけが詰まっているなんてまるで天国のようだが、ここは天国ではなくマンガサロン『トリガー』。
こちらでは、全4000タイトルもある膨大な量のマンガを読むことができる。
一般的なマンガ喫茶と違うのは、まず、時間制で個別のブースのようなところにこもるのではなく、カフェのような落ち着いたインテリアの中でゆったりと過ごせる。
素敵なソファが置いてあるおしゃれな空間。
また、マンガ好きなら思わずニヤリとしてしまう個性的な名前のメニューが用意されているのもポイントだ。
一癖も二癖もあるメニューがこんなにたくさんあります。
ヤン・ウェンリーだ!
チューダーもあるよ!
すみません、かなり取り乱しています。
取材でなければお願いしたいメニューがたくさんあったが、しかし、それだけならコンセプト居酒屋でもあるかもしれない。監獄とか戦国とか、そういうメニュー出すお店あるじゃないですか。
ここがマンガ喫茶とも居酒屋とも違う点、それはマンガを知り尽くしたマンガコンシェルジュがいるということだ。
マンガコンシェルジュ・兎来栄寿さん。
聞きなれないカタカナの肩書きを目にするとつい警戒してしまう人も多いと思うが、とにかくマンガの知識が豊富でいろいろな質問に答えてくれる頼りになる人なので安心してほしい。
ここ『トリガー』はマンガとの出会いのきっかけを作ってもらいたいという考えのもとに、マンガに関する様々なイベントを開催したりマンガとの出会いをエスコートしてくれるコンシェルジュが常駐する、画期的なマンガサロンなのだ。
巻数のたくさんあるマンガも基本的に3巻までしか置かず、続きは買って読んでほしいというスタンスも、信念を感じてかっこいい。
今日は、コンシェルジュの兎来さんに頼りまくってマンガを楽しみたい。
「わたしへのお勧めマンガ」を選んでもらう
ということで、さっそくコンシェルジュにお勧めマンガを選んでもらってその実力を見せてもらおう。
今回は、まったく異なるマンガ観を持つ3人で乗り込んだ。
1人目は当サイトライター・きだてさん。
昔からよくマンガを読んできて、今もよくマンガを読み、さらに奥様がマンガ家さんという、マンガには一家言あるきだてさん。
初めてのマンガ体験は『北斗の拳』で、近所にマンガを譲ってくれる人がいたためマンガを読む素地が出来上がっていったそう。
『マカロニほうれん荘』を読んでマンガの面白さに開眼するようになり、ジャンプを自分で買って読むという王道路線を歩んできたきだてさん。
「最近は九井諒子さんが気になっています。」
と、ファンタジーな世界観の中に独特の視点が入りこむ作風のマンガ家さんの名前を挙げた。
続いて、編集部・橋田さん。
マンガをよく読むきだてさんに対して、橋田さんは頻繁にマンガを読むわけではないらしい。
昔はりぼんなどの少女マンガ誌を読んでいたが、大人になった今はスマホアプリでさらっと読む程度で、自らマンガを買い求めることはほとんどないそう。
「最近のマンガのことはあまり分からないですが、いいマンガありますか?」
と言う橋田さん、そういうのって勧める側からするとすごく難しいと思う。
そしてわたくし・ライターおおた。
りぼん・なかよしから始まり、小学校高学年で『SLAMDUNK』『幽遊白書』『ジョジョの奇妙な冒険』第三部が載る黄金期のジャンプにハマって完全にオタクの元が出来上がったおおた。
その後、花とゆめや少女コミックでファンタジーやSFっぽい少し変わった世界観の少女マンガを読んだり、『ベルばら』のような過去の名作にめちゃくちゃハマったり、水木しげる先生の世界に浸かったりするうち、現在はBLに目覚める…といった感じである。
こんなバラバラな要求を一度にされては、いくら豊富な知識を持つコンシェルジュとはいえ戸惑ってしまうのではないか…と思ったが、兎来さんはほぼ迷うことなくさっとマンガを選んでくれた。
マンガを選ぶ兎来さん。
迷いなく棚の中から本を取り出す。
こちらではジャンルや大きさ、出版社を問わずあいうえお順にマンガが並んでいるので、話を聞いた時点ですでに頭の中にタイトルが浮かんでいるということになる。
兎来さんが我々に選んでくれたマンガは、次の3冊である。
きだてさんには『世界八番目の不思議』(宇島葉)
「九井諒子さんがお好きなら、多分このマンガはハマると思います。」
と持ってきた『世界八番目の不思議』。
不思議でシュールな世界観は九井諒子作品にも通じるところがあり、九井諒子好きのきだてさんに是非読んでほしい1冊だと言う。
まだ1巻までしか出ていないが、兎来さん自身次巻が出るのを心待ちにしているほどセンスあふれる面白いマンガだそう。
橋田さんには『かくかくしかじか』(東村アキコ)
「マンガをあまり読まない方にも、これは是非読んでもらいたい作品です。」
と持ってきた人気マンガ家・東村アキコの自伝的作品『かくかくしかじか』。
少女時代からマンガ家として成功するまでを恩師との関係を絡めて描いた作品で、私も少し読んだことがあるが、テンション高めな作風のマンガ家だと思っていたので読んでびっくりした覚えがある。
恩師との思い出という普遍的なテーマなだけに、日頃マンガを読まない人にも受け入れやすいという。
「先生との関係が本当に泣けます」というので、途中までしか読んでいないが私も続きを読んでみようと思う。
おおたには『BARBARITIES』(鈴木ツタ)
「2015年に読んだBLマンガの中ではこれがベストです」
とおすすめしてくれた、BLマンガ『BARBARITIES』。
中世ヨーロッパ的な架空の国を舞台にしている作品で、少し変わった世界観の少女マンガを愛読してきた過去の私もBLにハマっている現在の私もどちらも喜ぶ内容である。
読んだことは無いが、BLレビューブログを読んでいると度々目にするタイトルだったので気になってはいたのだ。
これは絶対買おう。明日社割で買おう。
スマホに触るきだてさん。
すでにポチっていた。
私が購入する決意を固めた横で、きだてさんはすでに購入していた。負けた。
細かい要望にも応えてもらいたい
コンシェルジュとして豊富な知識を持つ兎来さんなら、マンガをお勧めしてくれるだけではなく、もっと細かい要望にも応えてくれるのではないだろうか。
たとえば、マンガ歴や好みの傾向だけではなくもっと内容にも踏み込んで要求してみよう。
「お互いに好意を持っているんだけど踏み込んだ関係にはなってない、って感じのBLでお勧めありませんか? BLの人たちって結構行動的で展開早いのが多い気がしますが、テンカウント(※)の1巻みたいな、ちょっとためらいが感じられるようなのが読みたいんです」
と、わりと細かいシチュエーションでキモい要求をしたのだが、
「それならこのあたりですね。」
と、わりとあっさり持ってきてくれた。
『スメルズライクグリーンスピリット』(永井三郎) 、『こんなはずでは』(阿弥陀しずく)。
阿弥陀しずくさんは雑誌『ダ・ヴィンチ』に私の好きなアイドルのコンサートのレポートマンガを描いていたので知っていたが、BLを描く人だったのか!
と思っていたら、
「この方はBLではない恋愛マンガも描いていて、そちらも面白いですがBLもお勧めですよ」
と教えてくれた。兎来さんすごい。何でも知っている。
(※)テンカウント…宝井理人作、潔癖症の主人公とカウンセラーの青年の織り成すBLマンガ。1巻はギリギリ友情の延長くらいの距離感だけど、2巻からは途端にBL。「このBLがヤバイ2016」受賞作品。
マンガにうるさいきだてさんもいろいろ要求する。
「ニッチな趣味や職業を題材にした、知らない世界を垣間見れるようなマンガが好きなんですが、いいのありますか?」というきだてさんに、兎来さんがお勧めしたのはこちら。
『月と指先の間』(椎野鳥子)
主人公が55歳の少女マンガ家という衝撃的な設定だが、マンガ制作の作業について説明されていたりマンガ家ならではの思いや考えが描かれていて、職業マンガとして楽しめる内容だそう。
奥様がマンガ家をされているきだてさんにうってつけの題材ですね。
「登場人物がただ食べてるだけ、みたいなのも結構好きなんですけど、おもしろいグルメマンガは?」と、続々要求を出すきだてさんにも迷いなくマンガを差し出す兎来さん。
『異世界居酒屋のぶ』(原作・蝉川夏哉、マンガ・ヴァージニア二等兵)
「これを読むとビールが飲みたくなります」というこの作品は、ファンタジーっぽい異世界に日本の居酒屋が紛れ込み、異世界人たちが「トリアエズナマ」(ビール)や「オトーシ」(お通し、主に枝豆)に振る舞うというすごい世界観。
この流れで、何でも知っている兎来さんに、私がここ数年抱えている悩みも解消してもらいたい。
実は、昔読んでいたマンガが完結したと聞いて最終巻だけ読もうと思っているのに、タイトルがずっと思い出せずにいて検索もできないマンガがあるのだ。
「ニートでオタクの主人公の恋を成就させるために天使が遣わされてくるけど全然うまくいかないギャグ漫画」という私の説明に対し、「これでしょうか?」と持ってきた1冊。
ラブやん(田丸浩史)
「そうだこれだー!」と思わず大興奮してしまったが、そういえば『ラブやん』だった。思い出した。
「こういう風に、あらすじを説明してタイトルを聞いてくる人っていますか?」と聞いてみたところ、「以前、『ヨーロッパが舞台で表紙で主人公が剣を持っている。主人公に妹がいる』というマンガを聞かれたことがあります」とのことだった。
もちろん、そのマンガもすぐに分かったそうで、正解は『イノサン』(坂本眞一)だったらしい。主人公が剣を持っている表紙が気になったらググってください。
いろいろお勧めを教えてもらったり、タイトルの思い出せないマンガを思い出せたり、とても有意義な時を過ごせた。
普段マンガを読まない橋田さんもかなり楽しめたようで、お勧めされた『かくかくしかじか』は結局買ったようだ。
橋田さん、『かくかくしかじか』気にいったようです。
だが、一番よかったのは、人とマンガについて語り合えたことのように思う。
子供の頃は友達同士でマンガの貸し借りをしたり登場するキャラクターについて語り合ったりしていたのに、大人になってからマンガについて人と語り合う機会はほとんど無かった気がするのだ。
個人的には『トリガー』を貸切って『おおたかおるのBLナイト』を開催したいくらい、語りたいことがある。
いつかお金と友達が出来たら貸切ろう。
そして、社割でマンガを買った。
社割で買ったマンガの数々。
翌日、さっそく買おうと思ったものの私の働く書店には在庫がなかったため、自分のために発注をかけた。
その様子を上司に見られ、「たくさんBLの発注かけてるけど、注文入った?」
と聞かれたので、正直訳を話した。
実はBL好きで、コンシェルジュに勧められたマンガが店に無いから発注したんです…と、取調室で追及される犯人の気持ちで白状したのだが、「阿弥陀しずくさんは『からっぽダンス』っていうBLじゃない恋愛マンガもお勧めだよ!」と普通にお勧めマンガを紹介されてしまった。
とりあえず私も兎来さんにお勧めされた『BARBARITIES』を勧めてみたところ
「それ、同僚のBLソムリエにも勧められた。絵柄がちょっと苦手で避けてたけど、ソムリエとコンシェルジュが勧めるなら読んでみようかなー」とのことだった。
普段仕事の話やちょっとした雑談をする程度だった上司とわりと深くBL及びマンガ全般について語り合い、少し距離が縮まった気がする。
ありがとうマンガ。ありがとうBL。
マンガというだけで、他のジャンルの書籍よりちょっと下に見られたり親御さんがお子さんに読ませるのを嫌がったりすることも多い昨今ですが、マンガという文化の素晴らしさを改めて感じることができた。
これからも『トリガー』でBLを読みふける私の姿を見かけたら、是非話しかけてください。語り合いましょう。