江戸時代からの文房具屋がロボ開発
文具ロボを作ったという静岡市葵区のオオイシ文具さん。
静岡駅で新幹線を降りて5分後にはもう着いてるぐらいの場所にあった。
駅前から一番賑やかそうな通りを行ったらすぐ見つかった。
パッと見た限りは普通の文房具屋さんである。
ちょっと大きめの駅の近くにある個人経営の文房具店、というくくりで言えば、全国に1000軒ぐらいはありそうな感じのお店だ。
ただ、なんか遠くから見ても店先が妙に賑やかな気がする。
ここまで店先が賑やかな文房具店って珍しい。
近寄ってみると、店頭ではワゴンを出して『受験願掛け文具フェア』や『オモシロ系消しゴムフェア』を展開していた。
伊東屋など大きいお店だとこういう店頭展開もよくあることなのだが、個人店でやっているのはなかなか珍しい。
店内はまたさらに賑やか。
で、店内に踏み込むと、店先の賑やかさがテンション落ちずにずっと中まで続いている感じ。
春先ということでか、新入学お祝い的なPOPやサクラの造花があちこちにある。
文房具花柳社中だ。
ただこの店内、見た目が賑やかなだけじゃない。
文房具の品揃えが、わりと良い所をついてるのである。
小さな文房具屋さんによくある古くからのベタな定番文房具だけでなく、最新の機能系と子供向けの面白ファンシー系が、うまくセレクトされた感じでミックスされている。
ハンズやロフトとは方向性が全く違うが、文房具マニアからすると「…心得てやがるな」というポイントを押さえているのだ。
ド定番+機能系+ファンシーのバランス。
これはちょっとお店の人に話を聞かねばなるまい。
いわゆる「この店のあるじを呼べい」ってやつだ。偉そうで申し訳ないが。
この方があるじ(社長)の大石さん。
で、ご登場いただいたのが、大石康弘さん。このオオイシ文具の六代目社長である。
「そうなんですよ、六代目です。うちは慶応元年から数えて創業150年でして」
おおー、古い。江戸時代からの文房具屋さんなのか。
「創業当時は紙類や扇子、ロウソクなんかの日用品を商ってたそうですね。で、そこから帳簿を作ったり製本をやったりしているうちに文房具屋になっていったようです」
そんながっつり由緒正しい文房具屋さんが、なぜ唐突に「文具ロボ」とか作りだしたのか。
気遣い満点! 文具ロボ
「そこはまず実際に見ていただくとして…あ、じゃあそこから歩いてみてください」
大石社長に誘導されるままに店内の通路を歩いていると、いきなり「イラッシャイマセ!」とロボっぽい声で挨拶されて驚いた。
見よこの勇姿。全身文房具だ文具ロボ。
文具ロボ、商品棚にすっくと立っていた。
あらかじめネットニュースの画像で見てはいたものの、実物はまたさらに味わい深い。
製作者の大石社長あらため大石博士が真横にいるのをうっかり忘れて「わ、ポンコツだ」と口にしかけてしまうぐらいのインパクトの強さである。
イラッシャイマセー。ワカラナイコトガアッタラすたっふニきイテネ。
さらに、こんな手作り感満点なフォルムなのに、なんとお客さんを感知してお喋りも可能。(ロボの後ろにある黒い箱から声が出てる気がしたが)
かわいいロボット声で、お店の案内だけでなく、早口言葉からお年寄りの悪質商法被害注意喚起まで、幅広くこなしてしまう万能ロボなのだ。
「どうですか、文具ロボ」
「…かわいいですよねー」
見る人みんながなんとなく優しい目になる、あの感じだ。
うん、お世辞ではなく、見ているうちにじんわりと保護本能をかき立てられるというか、かわいくなってくる。
かわいくて接客ができて、さらに全身のパーツは文房具。
むしろ同じおしゃべりロボでも、SoftBankのペッパーなんかより実用性は高いぐらいだ。あいつ、腕を取り外して文字とか書くのに使えないだろ。
右手はお馴染み、みんな大好きジェットストリーム。
「右手は三菱のジェットストリームで、左手がゼブラのマッキーなんですけども、途中で『あっ、パイロットの筆記具を使う場所がない』って気付いて。なので、パイロットのホワイトボード用マグネットを左目に使いました」
かわいくて実用的で、さらにメーカーへの気遣いもある。大事なポイントだ。
どんどん可愛くなってくる。もう連れて帰りたい。
他にも、肩はデビカのジェルタイプペンホルダーだったり、右目は谷川のエイト朱肉だったりと、かなりマニア的にも難易度の高いパーツが含まれている。
これらを全部同定できたら、文房具のプロと名乗っても恥ずかしくないだろう。
(僕は耳と肩の2パーツが分からなかった。正解はオオイシ文具のサイトにあります)
右の黒いロボは、シヤチハタの営業さんが持ち込んだ自社製ロボ。
ちなみに、文房具ロボの隣には、ロボの弟分である『文具ドール』も展示されている。
こちらは大石博士ではなく、オオイシ文具のお客さんや文具メーカーの営業さんが作って持ち込んだものだ。
オオイシで購入した文具を使うというレギュレーションを満たせば、誰が持ち込んでもOK。
せっかくなので、僕も今度自作して持ち込もうと思う。
各文具メーカー対抗で文具ロボヘボコンとかできないものか。
文房具店は文房具アミュージアムだった
ところで、さっきから店内の写真にちらちらと黄色いカードが写り込んでいたことに気付いた人はいるだろうか。
店内いたるところに貼られているカード。
「うちは文房具の小売店ですが、文具の娯楽的要素(アミューズメント)と文房具博物館のような資料要素(ミュージアム)を加えた、『文具アミュージアム』を目指してるんですよ」
「その一環で、店内のあちこちに、新商品情報や文房具トリビア、文房具使いこなし術などの情報を書いた黄色いカードを貼ってるんです」
接着するものトリビア。アラビアちっくなヤマトのりで、アラビックヤマト。
なるほど、これは面白い。
文具棚の端っこなど「え、こんなところまで」みたいな場所にも貼ってあるので、この黄色いカードを探して店内をうろうろするだけで楽しめるのだ。
接着するものトリビアその2。英国製接着剤メンダインを攻め出すぞ、という意気込みで作られたのがセメダイン。
ラベルシールなどでお馴染みエーワンの社名の由来。僕もエーワンの社員さんからこれ聞いてひっくり返った。
トリビア系は、実際にオオイシ文具に仕事で来るメーカーの営業さんから聞き取ったものも多いという。
「シヤチハタのネーム9は何回捺せるか?」というトリビアは、実際にシヤチハタの営業さんがその場で会社に電話して「4000回から6000回ほど」という公式見解を出してもらったそうだ。
金封の多当折り知識。忘れないための憶え方までついてるのがいい。
捨ててる人、多いんじゃないか。
ボールペン復活の裏ワザ。タバコのフィルターはペン先の詰まり除去に使える。
額縁の上手な使い方。言われないと意外と気付かない。
ちなみにBはブラックで H はハードの頭文字。 F は HとHBの間で「Firm(しっかりした)」の意味。
こういうカードが、店内にびっしり200枚以上あるのだ。
一枚ずつチェックしていくのもなかなか大変で、お客さんの中には、このカードを見続けて半日以上を店内で過ごした方もいたらしい。
「カードをきっかけにしてお客様と会話ができたらいいなぁと思いまして。いま小売店がネット通販と勝負しようと思ったら、こういうコミュニケーションも大事なんだと思うんですよねー」
写真を見ると、村松友視先生はプラマン・トラディオをご愛用か。
ところで、オオイシ文具にはテレビ取材などで芸能人もいろいろ来店する。
俳優の中尾彬さんは、取材時に黄色いカードに対抗して延々と文房具トリビアをしゃべりまくり、自分の知らない情報が載ってたカードに対しては「つまんない情報だな!」と毒づいたらしい。
うん、なんか対抗心燃やす感じはわかる。
実は僕も、セメダインのカードを見ながら大石社長に「セメダインCの前に、セメダインAとセメダインBがあったのご存知でした?」とかトリビアを披露してたからだ。自慢げに。恥ずかしい。
僕だけ恥ずかしいのも悔しいので、みんなもオオイシ文具にいったら自慢げに知ってるトリビアを披露したらいいと思う。
五感をフル活用する文房具店
カードを探して店内をウロウロしている時、床にメッセージが書き込まれているのを見つけた。
「何かもらえるだって」は静岡弁なのか。
オオイシ文具では、黄色いカードに混じって店内のどこかに貼ってある『合言葉カード』を見つけて、300円以上買い物をした時にレジで合言葉を伝えるとプレゼントがあるのだ。
貼ってある場所と合言葉は毎日変わる。
ただでさえ貼ってあるカードが多いので、合言葉カード探しは意外と難しいのだが、それでも常連の子供なんかはスルッと見つけてプレゼントをゲットしていくらしい。
今日はチョコ。
「これもネット販売に負けないようになんですけども。ネットって基本的に視覚情報だけじゃないですか。それなら実際の店舗は五感全てを使って勝負すればいいんじゃないかと思って」
あっ、そうか。これ、味覚情報なのか。
「チョコとか食べると少し幸せな気分になるじゃないですか。その感じと店の印象が一緒に残ればいいかな」
視覚情報は、黄色いカードの文字情報がそれ。さらに、レジ近くの床にレーザーでイラストを投射するなど、文房具屋としてはかなり変なこともしている。
レーザーで模様がぐりぐり動いてる。猫とか喜びそうだ。
あと、賑やかな店内のディスプレイに加えて、商品を探しやすくするようのサインボードもあちこちに吊してあった。
こういうのは地味に便利で、一見客としてはとてもありがたい。
小さな店でも、サインボードはあった方がものを探しやすい。便利。
聴覚は、文具ロボットのお喋りもそうだし、店内のBGMもアップテンポなものにしているとのこと。
以前は大石社長の趣味でハードロックをかけまくっていたそうだが、お客さんにはウケなかったそうだ。
嗅覚は、店に入った時に爽やかな香りがするように、あちこちにフレグランスを配置。
あまり強すぎると紙製品に香りが移ってしまいそうだが、その辺は調整してあるらしい。
実際、言われてはじめて「あ、そう言われたら確かになんか香りがする」と感じたぐらいなので、商品に残るほどでは無さそうだ。
こんなところに嗅覚情報が。
そして触覚は、実際の商品に触って試し書きをしたり、というもの。
なるほど、ネット通販に対して“リアル店舗ならでは”の色々に挑戦しているのがよく分かる。
ぶっちゃけ言うと「良い香りやレーザーが文房具買うのになんの役に立つのか」は分からないが、それでも、お客さんに快適に楽しく店に滞在してもらおう、という店側のサービス精神は感じ取れる。
文房具屋のオリジナル文具
そんな感じでお客さんへのサービスをあれこれ考えた末、ついには静岡土産に使えるオリジナル文房具を作るに至ってしまったそうだ。
オオイシ文具が作ったオリジナル文房具の数々。そこまでやるか感はいなめない。
最初に作ったのは、ザ・静岡名物みかん型のポストカード。
和紙のシボがみかんの皮にそっくりというのがポイントだそう。
意外にちゃんとみかんっぽいテクスチャー。
さらには、全国4位という微妙に推しづらい生産量を誇る、特産のいちごをモチーフにした鉛筆もオススメだ。
どファンシーないちご鉛筆。
いちごをイメージした三角軸はいちごの香料に漬け込んであり、削るといちごの香りがするという超ファンシー仕様。
さらに、軸に15㎝までの定規メモリがプリントしてある。いちごだけに15か。
店に入ったら、まずゆるキャラ(文具ロボ)のお出迎えで盛り上がり、文房具トリビアカードで文房具知識をお勉強。合言葉カードで宝探しを楽しんだら、最後はオリジナル文房具のお土産を買って帰る。
もうこれは文房具テーマパークとして成立しているだろう。
あとは、そろばんに載って急斜面を駆け下りるスリルライドとか、テスト中にうっかり缶ペンケースをガチャーン!と落として冷や汗をかく恐怖の館的なアトラクションがあれば満点だと思うので、ぜひ導入して欲しい。
帰り際、いちご鉛筆を含めていくつか文房具を購入した。
よし、これでレギュレーションは満たせたので、文具ロボットは作ることにしよう。
文房具メーカーさん、どこか文具ロボで対決してくれるところないかなぁ。