焼き鳥の食べ方は人それぞれか
たとえば居酒屋などで「焼き鳥の盛り合わせ」的なメニューを注文すると、人数に対して半端な数になってしまう時がある。そんな時、なんとなく気をきかせたつもりで焼き鳥を串から外してしまう事はないだろうか。
「焼き鳥を3人で2串ずつ頼んだらほぐさないで食べてよと注意された」のは野毛にある焼き鳥の名店「末広」での出来事だという。これは果たして店のこだわりなのか、それとも? 実際に3人で訪ねて検証してみた。
夕方、19時前にすでに店の前には行列ができる人気店
しばし待ってのれんをくぐる
店内はカウンターとテーブル席、奥には座敷もある。調理場の窓が通りに面して大きくとられているので外からも店の様子がわかるオープンな雰囲気。そのためか、古風な佇まいながら若いお客さんも多い印象だ。
カウンター奥にはボトルキープがずらり。中央が店主
「ほぐさないで食べてよと注意された」という印象もあり、頑固そうな店主なのでは、と不安がよぎる。だが、はまれぽ読者のキニナルのため、検証開始。
まずは注文。
「ねぎ肉、モツ(鳥レバ)をください」
皮も食べたかったけど早くも売り切れだった
注文を取りに来た女性店員は、テーブルに座る我々3人をちらりと見て「3本ずつですね?」と確認してきた。
(来た!)
我々は密かに顔を見合わせたものの……
「いえ、2本ずつでお願いします」
どきどきしながら伝えると、次の瞬間女性店員はこの言葉を口にした。
「焼き鳥はほぐさずに食べていただきたいのですが、よろしいですか?」
本当に言われた!! 検証終了、乾杯!
ビール(キリンラガー大680円)は1人1本ずつ頼んだ
というわけにはもちろんいかない。まだ第一段階だ。
そういえば、お通しにはキャベツの浅漬けが出たが、これは爪楊枝で食べるのが流儀で店内に箸の姿はない。焼き鳥をほぐす手段があらかじめ封じられているのだ。
ネギ肉(1本170円)は塩で
モツ(1本170円)はタレで供される。塩、タレどうしますかと聞かれなかった
さらに追加注文。
「ナンコツ(1本280円)と、ぎんなん(1本220円)をください」
「3本ずつ?」
と確認してくる女性店員にかぶせるように、
「いえ、2本ずつ」と答えると、カウンターの奥で店主がこちらを見てにやりとした。たぶん、苦笑いだった。
(ほぐしたら承知しないぞ)と言われたような気がした。
どうやら、「ほぐさず食べる」は暗黙のルールである事は間違いないようだ。そのこだわりについては改めて店主に伺う事にする。
今は食べる事に集中
実際に食べてみるとよくわかるが、末広の焼き鳥は、ほぐさず食べる方が「絶対」美味しい。むしろほぐすべきではない。一口で食べやすい大きさに整えられ、きっちり串に並んでいる。これをバラバラにしては、味わいもバラバラになってしまう。
「ほぐすな」以外の末広を探る
取り扱う日本酒は「白鹿(はくしか)」、焼酎は「神の河」のみ。シンプルだ。日本酒は「たぬき」と呼ばれる。理由は、たぬきの形の器に入って出てくるからだ。
「たぬき(小500円)」の意匠的に、その注ぎ口はおそらく……ノーコメント
なぜ「たぬき」なのか……良く見れば外の看板にもこの「たぬき」はいる
「たぬき」の謎はひとまず置いて、焼き鳥を楽しんでいるお客さんの声を聞いてみよう。
カウンターの端にいらっしゃったカーソンさん(左)と菅原さん
カーソンさんは、菅原さんの英会話教室の先生。野毛の酒場に先生を案内したくて来店したそう。カウンターで食べる焼き鳥は初めてだというカーソン先生に感想を聞いてみた。
「煙草を吸う人がいてちょっと煙たかったけど、いい店だね! 楽しいよ! カウンターの、あの男性がシェフなのか? とても興味深くてアメージングだよ」(翻訳:菅原さん)
また、カウンター席の30代男性二人連れは、現役消防士。
職務上顔と名前は出せないYさん(左)とSさん
末広は2度目の来店。「前に来たらほとんど売り切れで食べられなかったんです。でも、少し残っていたのが全部美味しかったから、また行こうって話になって」
焼き鳥をほぐさずに食べるルールについては知らなかったそうだが、「自分で食べる分にはわざわざほぐしたりしないかなあ」と2人は口をそろえる。
だが、2人とも学生時代は体育会系の縦社会で鍛えられ、焼き鳥が出てきたら先輩たちのために率先してほぐしていたという。
それが本当の気遣いなのか、焼き鳥の食べ方として正しいのかどうかはわからないが、そんな世界もあるようだ。
いよいよ店主に真相を直撃
営業や仕込み中は対応できないとの事で、わざわざ定休日に取材を受けてくれた店主の中村さん。頑固な怖い人なのでは……というイメージは、昨夜「にやり」と笑われて以来、払しょくされていた。
先代(戦前)は屋台の焼き鳥屋だったという末広
「焼き鳥は、食べる時は一瞬なんだけど仕込みは従業員総出で朝から開店ぎりぎりまで時間を使って、精魂込めて食べやすいように刺してるの。ナンコツなんて固くて刺しづらいし、肉も種類ごとにそれぞれ工夫しているのに、それをバラバラにほぐされるとね、何だか無性に腹が立っちゃうんだよ」
腹が立つというのは冗談めかしていたが、中村さんの本音なのだろう。
「他所(よそ)は知らないけど、うちのネギ肉は、一口で肉とネギが一緒に口に入るように刺してるの。肉も口の大きさに合わせて切りそろえているんだよ」
確かに、ネギと肉同時に食べられるように配慮されている
天日干しされる大量の竹串。これら一本ずつに精魂が込もる
「3人で来て2本ずつ頼んだら絶対注意するわけじゃないよ。苦手で頼めないものだってあるだろうし。でも、ほぐしそうだなと思ったらあらかじめ言っちゃう。これは従業員にも徹底しているよ」
「たぬき」の事も聞いてみた。
「もとは先代が伊勢佐木町にあった野澤屋(横浜松坂屋の前身)で見つけた、お燗器(かんき)だったの。陶器だから割れてしまったりして代替わりしたりしているけど、ずっとタヌキのデザインで注文して作ってもらってるんだよ」
これは一代前のたぬき。「昔に比べて顔がたぬきっぽくない気がする」と中村さん
取材を終えて
中村さんは言う。
「美味しく食べてもらうには、お客さんにも協力してもらわないと。串のまま、温かいうちに食べてほしいね。話に夢中になって冷えてしまった焼き鳥食べても、美味しくないよ」
物腰は穏やかだが、真っ直ぐで揺るがないその信念はまるで、焼き鳥に刺さった串のようだった。店主の心意気を味わうため、末広を訪ねた際はぜひ焼き鳥はほぐさず食べてもらいたい。
―終わり―
末広
住所/
神奈川県横浜市中区野毛町2-76
電話/045-242-5753
定休日/日曜・祝日
営業時間/平日:17:00~22:30 土曜:16:30~22:30