漫画のあのシーンを現実に
あのシーンを再現したい。とはいえ、狙って長靴を釣ることはできないだろう。 ならばあらかじめ、釣り竿の先に長靴をぶら下げて水に沈めておけばいい。
どうせ沈めておくなら、長靴を魚捕りの罠に改造しておけば、魚も捕れて一石二鳥。これこそ漁夫の利ってやつなのではないか。意味が違うけど。
要はこういうことです。
長靴と釣り道具を求めて
まずは長靴を買いに東急ハンズへ。
そこにあったのは「レインブーツ」。近年台頭してきたおしゃれ長靴勢だ。違う違う。今おしゃれ要素は求めていない。
結局、長靴は別のホームセンターで購入。
普通の黒いゴム長靴だ。
続いて釣り竿や釣り糸などを探しに釣り具屋へ。子供のころ父親に連れて行ってもらって以来の釣り具屋。
たくさん種類があって、見ているとワクワクしてくるのだが、どれを選んだらいいのかさっぱりわからない。
店員さんに聞こうかどうか迷ったが、聞いたとしてどう説明したらいいのか。何を釣りたいんですか、と聞かれて、長靴を釣りたいんです、なんて言おうものなら、おととい来やがれ! と追い出されるような気がする。
なので、適当に選んだ。 釣り竿、リール、釣り糸、えさ、バケツなどを購入。 計7,000円分くらい。それなりに思い切った買い物である。
金色のリールがカッコいい。
イメージ。一度入ったら出にくいように「返し」をつける。
釣り糸の先につけられるように口に糸を付け、釣り上げた時に排水されるよう、底の近くの側面に何箇所かカッターで穴を開けて、獲物が逃げないようにネットを貼る。
100円ショップで買った洗濯用のネットを使用。
「返し」の部分も洗濯用のネットで作成。長靴の口にゴム用の接着剤を使って貼り付け、糸をつけて巾着状にした。
これで大物にも対応できる。
長靴の罠、完成
思った以上にいいものができた。 早く使ってみたい。膨れ上がったこいつから獲物がどっさどっさ出てくるところが見たい。
口の部分に通した糸は外れないように根本をがっしり固定してあるし、釣り糸も18号という太いものを買った。
18号なら30kgくらいまで耐えられるというから、解体ショーに使うようなマグロがかかっても大丈夫だ。長靴に入りきらないけど。
明日、実際に試すのが楽しみだ。
買ったばかりの釣り竿に金色のリール、そして完璧な長靴の罠。 良い予感しかしない。
新左近川親水公園へ
翌朝、新左近川親水公園へやってきた。 荒川の支流沿いにあり、多くの人が釣りを楽しんでいた。
新左近川親水公園。西葛西の駅から徒歩15分くらい。
水辺に陣取り、長靴を釣り糸の先に結びつける。 えさには粉末に水を加えて練るタイプの練りえさを使用。
丸めた練りえさを長靴の中に入れたら、さあ、いよいよ水中に設置してみよう。
これが長靴釣りだ
長靴は結構重い。
投げ釣りのようにオーバースローでは投げられないので、振り子のようにしてそっと着水させる。
長靴が寝るように、底についたら釣り竿を少し横にあおるのがコツ。
水の深さは1メートルもないようだが、水の透明度がそれほど高くないので、沈んでしまうともう長靴は見えない。
とりあえず1時間沈めておいて反応を見てみることにした。
どれくらい捕れるかな
きっと今頃水中では、魚たちがオープンしたてのブルーボトルコーヒーのごとく長蛇の列をなしているにちがいない。行ったことはないけど。
何しろ水面には小さな魚がたくさん泳いでいるし、浅いところでエビが泳いでいるのも見える。水中にもそれはそれはたくさんの魚やエビがいるのだろう。
小さな魚の群れ。
長靴釣り、ひょっとしたら流行ってしまうのではないか。 商品化もありうるな。特許かな。実用新案かな。長靴御殿も夢じゃない。
引き上げて、たくさん魚が捕れていたら、子供たちが寄ってくるだろう。 自分にもやらせてほしいって言うかもしれない。やっぱりもう片方の長靴も加工して持ってくればよかったかな。
なんてことを考えているうちに1時間が経過。 さあて、引き上げてみよう。
念願のあれをやるのだ。
あのシーンを再現
おや、なんだか竿が重いぞ。
こ、この引きは、相当な大物に違いない!
あっ、これは…
長靴じゃないかー!トホホホホ…
とりあえずやりたかったことはできた。
しかし引き上げた長靴が、予想以上に重い。 獲物の重さだろうか?
どれくらい捕れているだろうか。折りたたみのバケツに入りきれるかな。持って帰って食べるつもりもないし、逃がせばいいか。
さて、何が捕れているかな?
長靴の中を覗いてみる。暗くて見えないな。
バケツに中身をあけてみることにする。
…あれ?
溶けきれていないえさと濁った水がどばっと出てきただけだ。目を凝らしてみても、動くものはない。
おかしいぞ。おれの長靴御殿はどこへ。
途端に不安になってきた。ひょっとしたら、1匹も捕れないかもしれない。というよりむしろ何故あんなに自信満々だったのかおれは。何だ長靴御殿って。
もう近くのスーパーで魚を買って中に入れて、捕れたことにしようか。マグロを買って、すしざんまいの社長のポーズで記事のオチにしてしまおうか。あるいはニシンやスケソウダラを買うか。
いやいや、とにかくもう一度設置してみよう。1時間では短すぎたのかもしれないから、次は2時間だ。
今度は2時間待つ
よく晴れた日曜日。6月にしてはかなり暑い。
ただぼんやりしていることにも飽きた。近くの芝生に横になって昼寝でもしよう、と思ったのだが、もう蚊が出てきており、気になって眠れない。虫よけを持ってくればよかった。
数メートル離れたところでは家族連れが釣りを楽しんでいる。目の前をスワンボートが横切る。
お父さんが頑張って漕いでいる。子供にいいところを見せたいのだろう。
おれの釣り竿はただ置いてあるだけだ。
魚との駆け引きをしたり、仕掛けを入れるポイントを変えたり、えさだけ取られてがっかりしたり、魚がかかった時の振動を感じたり、そういう釣りの醍醐味がひとつもないのだ。
長靴釣り人にできるのは、ただ待つのみ。
一方で、隣の家族はハゼやらテナガエビやら、結構な頻度で釣り上げている。奥さんのほうが釣れていて、旦那さんは悔しそうだ。
楽しそうだなあ、釣り。
ついに捕れた!
2時間経ったので、引き上げてみる。時間は昼過ぎ。公園は家族連れでいっぱいだ。
引き上げていると、背後から子供の声がした。
「見て! あの人、漫画みたい!」
伝わってよかった。振り返って愛想を振りまきたかったが、長靴が重くてそれどころではない。両手で釣り竿を支えていないととても引き上げられないのだ。これあれだ。釣り竿むしろ邪魔だ。
対岸でも子供たちがこっちを見て何か言っている。スワンボートの上からも。
そうだよ、漫画みたいなことがしたかったんだよ、おれは。
引き上げて、バケツにあけてみる。水の中に、何か動くものが。
これは、エビだ。エビが捕れた! 体長数センチの小さなエビ1匹だけど、勝利だ!
ついに捕れたぞ。
捕れたし、もうこれでいいかな。帰ろう。
次は長靴じゃなく、普通に釣りをしに来よう。
捕れたぞヤッター!っていう笑顔の写真を撮ったつもりだったのに、この表情である。
工夫すれば実用も可能かも
今回は、洗濯用ネットの目が細かすぎてえさがあまり拡散しないという構造的な失敗、設置しておく時間が短すぎたこと、なにより竿もリールも不要だったことが分かったが、それでも1匹は捕れたことだし、構造やえさをもっと工夫すれば長靴での魚捕りは可能だといっていいだろう。
長靴御殿の夢は遠いが、まだ可能性が閉ざされたわけじゃない。