特集 2014年5月9日

アドリブ力をつける

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日々めまぐるしい変化を遂げる現代社会。僕たちは常に臨機応変な対応を求められている。上司から不意に振られる理不尽なオーダーに対しても、ウイットに富んだ返しが必要だ。

そのために必要なものは何か?

アドリブ力なのではないだろうか。

ビジネスの荒波を乗り切るため、アドリブについて考えてみた。
1970年神奈川県生まれ。デザイン、執筆、映像制作など各種コンテンツ制作に携わる。「どうしたら毎日をご機嫌に過ごせるか」を日々検討中。


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ジャズのアドリブ

アドリブ、と聞いてまず頭に浮かんだのがジャズだ。ジャズについて全く詳しくはないのだが、アドリブ演奏というものがあることくらいは知っている。それは完全にアドリブなのか、それともある程度の決まりがある中でのアドリブなのか。そこが分からない。

分からない時はウィキペディアで調べれば大抵の答えが出るので検索してみた。

「ジャズの即興演奏はスタイルによって多少の違いがあるが、まったく無規則に演奏されるのではなく、原曲のコード進行、またはそこから音楽理論的に展開可能なコードに基づいて行われる。」

分かったような分からないような、でもやっぱり良く分からない。

そういう時は詳しい人に教えてもらうしかない。そこで知り合いの音楽関係者からプロのピアニストを紹介していただいた。連休の間、座間でライブをやっているのでその空き時間で良ければ教えてくれるという。

僕は早速座間に飛んだ。
座間に飛んだ
座間に飛んだ
座間に飛んだ。と書いてこの写真を載せると、さも飛行機で向かったようになるが、普通に小田急線の本厚木行きに乗って相武台前で下車した。

駅を降りて歩き始めるとすぐ、飛行機の轟音が聞こえたのでカメラを向けた。そうか、この辺りは米軍基地が近いのだ。グォオオオというエンジン音はかなりのボリュームで鳴り響いている。僕はその音を聞きながら「ジャジーだ…」と感じている。飛行機のエンジン音がジャズなのか。正解は分からないが、この日はそういうモードに突入していたのだ。小田急線の中で野球帽を被って専門誌を読むおじさんがいて、その人にもジャズを感じていた。

駅前の大通り沿いを少し歩いて右に折れると住宅街に入った。ライブが行われるイタリアンレストランがこの辺りにあるはずだ。
ライブ会場のイタリアンレストラン
ライブ会場のイタリアンレストラン
本日のライブ
本日のライブ
ライブ会場のイタリアンレストラン「ラ・リチェッタ」はすぐに見つかった。ここでプロピアニストからジャズのアドリブについて教えてもらう。

教えてくれるのは、森丘ヒロキさん。事前にチェックした森丘さんのホームページには、以下のようなプロフィールが掲載されていた。

「高校卒業後、国立音楽院に入学。ジャズピアノを今田勝、トム・ピアソン各氏に師事。
2000年浅草ジャズコンテストで金賞受賞。在学中からプロ活動を開始し、たくさんのミュージシャンとセッションを重ねる。」

本物だ。

野球帽のおじさんにジャズを感じた、などと言ったら怒られてしまうかもしれない。
ピアニストの森丘ヒロキさん
ピアニストの森丘ヒロキさん
しかし、そんな心配は無用だった。森丘さんは昔からの知り合いのように僕を受け入れてくれた。

この雰囲気だったらいける。僕は単刀直入に聞いた。

「ジャズのアドリブって何ですか?」

「キラキラ星のアドリブ」

素人の不躾な質問に対して嫌な顔一つせず、森丘さんがジャズのアドリブについて説明を始めてくれた。

「たとえばキラキラ星という歌がありますよね。あの8小節を繰り返し演奏するうちに、アドリブで色々なアレンジを加えていくんです」

キラキラ星。その歌だったら良く知っているし馴染みが深い。なぜ馴染みが深いかと言うと、我が家の炊飯器のご飯が炊けた時に鳴るメロディだからだ。電子音で素っ気ないキラキラ星だが、それは僕にとって幸せのメロディでもある。

そのキラキラ星を例にとって、実際にアドリブを弾いて聴かせてくれるという。
キラキラ星のアドリブはどうなるのか
キラキラ星のアドリブはどうなるのか
まずはノーマルなキラキラ星から。
ノーマルなキラキラ星
これが譜面通りのキラキラ星である。これに森丘さんのアドリブが加わるとどうなるのか?

弾いていただいた。
キラキラ星 アドリブバージョン
最初に弾いていただいたキラキラ星から一気に世界観が変わった。

森丘さんの炊飯器が炊いたご飯は炊き込みご飯だろうか。キノコや鶏肉がいっぱい詰まったおいしい炊き込みご飯。曲の後半ではその炊き込みご飯を囲む家族の様子まで見えてくる。

「しめじを入れて正解ね」
「舞茸もいい味だしてるよ、お母さん」
「今度は人参なしでお願い」
「あらやだ、人参もちゃんと食べなさい」

そんな会話が弾む楽しげな食卓。


森丘さんが優しいので、続いて「哀しい感じのキラキラ星」をお願いしてみた。
キラキラ星 哀しいバージョン
ちゃんと炊けなかったのだろう。

水の量を間違えてしまったのか。もしかしたら、そもそもスイッチを押し忘れていたのかもしれない。炊けたかな、と思って炊飯器の蓋を開けたらお米が水に浸った状態のまま。ここから炊飯を始めたら急速モードでも40分はかかる。お腹を空かせた子供たちは意気消沈だ。

こないだ冷凍しておいたご飯をチンするしかないわね…。冷凍庫から凍ったご飯を取り出すお母さん、それを見つめる子供たち、炊飯器の中には水に浸ったお米。

哀しい光景だ。


森丘さんは言う。

「アドリブにはその人の考え方や生き様が表れます」

アドリブによって浮き彫りにされる演奏者の人生。それは同時に、聴く側にとっても自分の人生が浮き上がってくる瞬間なのかもしれない。今回、僕の人生に関わる炊飯器が様々な光景を見せてくれたように。


森丘さんのお陰でジャズにおけるアドリブが少しだけ分かった。

次に、今テレビで流れているCMで、すべてがアドリブという作品があるという情報を知った。アドリブのCM? そんなものは今までに見たことがない。

本当なのだろうか?
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「すべてがアドリブのCM」

すべてアドリブで構成されているCM。それは、エステーさんの「消臭力」の新作CMである。出演者は西川貴教さんとなだぎ武さんのお2人だけ。

僕はCM制作に関わったことがないので良く分からないが、CMというのはかなり作り込まないといけない世界なのではないだろうか。15秒という時間制限があるし、お茶の間に流れてしまうものだし。アドリブがまかり通るとは思えない。

本当にアドリブという訳ではなく、アドリブという体の台本があったりするのではないか。

このCMの仕掛人、エステー株式会社のクリエイティブディレクター・鹿毛康司さんにお話を聞いてみた。
鹿毛康司さん
鹿毛康司さん
結論から言うと、本当にアドリブだった。

・最後に「消臭力」と声を合わせて言ってもらう
・収録直前に簡単なカンペを2人に見てもらう

という決まり事はあったらしいのだが、それ以外は全て、お2人のアドリブに任せたのだという。

2人に見せたという「簡単なカンペ」とはどういうものだったのか?
撮影に使用されたカンペ
撮影に使用されたカンペ
「消臭力全商品を見て、感想を自由にお話し下さい。」

本当に簡単だ。簡単過ぎる。

その結果、次のような作品が出来上がっている。


「消臭力 ~会話 たくさんの種類・香り編~」


撮り直しなしの一発勝負だそうだ。

このような感じで全部で14作品、すべてがアドリブで作られている。

随分と乱暴な印象を覚えるが、そこには次のような鹿毛さんの狙いがあるという。

鹿毛さん「西川さんとなだぎさん、それぞれの魅力をCMで見せるためには、素の2人を見てもらうのが一番。そのために、アドリブという手法を取り入れました」

ピアニストの森丘さんも同じようなことを言っていた。やはり、アドリブにはその人の「生の部分」が表れるのだろう。SMAPでいうところの「僕の心の柔らかい場所」のような、そんな素の2人を見てもらうためのアドリブ。それは良く分かった。でも、それをそのままCMにするのは勇気がいるように思えるが…。

鹿毛さん「西川さんは2年前にも消臭力のラジオCMでアドリブで喋ってもらったことがあるし、なだぎさんと西川さんは以前に『ROCK OF AGES』という舞台で共演していて、その中でアドリブ劇をやっていた。そういう実績があった上での今回です」

なるほど。アドリブでもうまくいく、という読みがちゃんとあったのだ。

しかしどうだろう。それは作り手の考えであって、実際にアドリブを任された演者さんは困ったのではないだろうか?

西川さんに聞いてみよう。
消臭力のCMに出演した西川貴教さん
消臭力のCMに出演した西川貴教さん

「アドリブでCMをやった西川さんに聞く」

僕の目の前にスターが座っている。
西川さんにインタビュー
西川さんにインタビュー
目を見つめられると吸い込まれてしまいそうになる。第一印象は「妖精」だ。嘘をついたらきっとすぐに見破られてしまうだろう。それくらい目力が凄い。

あ、アドリブについて聞かなくては。

――アドリブでお願いします、って随分無茶ぶりだと思うのですが。

西川さん「エステーさんのCMはだいたいそういうものですよ。今度はそう来たか、って(笑)。でもそれってお互いの信頼関係がないと出来ないと思うんです。これまでの関係性があったから、きっと面白いものになるだろうな、と。お付き合いのない会社さんからこの企画が来たら、結構戸惑うとは思います」

――西川さんはオールナイトニッポンのMCもされていたので、アドリブには慣れているのでしょうか?

西川さん「確かにそういった部分で鍛えられてきたとは思います」

――ライブのMCも全てアドリブですか?

西川さん「そうですね。僕は出たとこ勝負でやるパターンなので。凄く長い日もあれば、全然短い日もあったり、ムラが激しいんです。ゼロって時もある。それはその日のお客さんの雰囲気で決めます。心がけているのは、一対一のコミュニケーション。決して一対マスではない。それはラジオの時も同じです。人に届ける、という気持ちだと高い所から発信する形になってしまうので、一対一で会話しにいく気持ちを心がけています。」
妖精のような西川さん
妖精のような西川さん
――今回のCMのアドリブはいかがでしたか?

西川さん「難しかったです。ラジオなどで鍛えられているとはいえ、僕、一応譜面があって成立する仕事をしているんです。あくまでもミュージシャンなんですよ(笑)。なかなかの無茶ぶりっぷりでしたよ。」

――結果的に凄く面白いCMになっていますが

西川さん「実際に自分でオンエアを見て、変だなぁとは思いましたよ。だって本気で笑っちゃってるし。でも、なんて言うんだろう、今だったらVineとかあるじゃないですか。あの映像のようにループして見たくなるような中毒性があるな、と」

――14本あるうちで、あれは撮り直したかったなぁ、という作品は?

西川さん「ほぼ全部そうですよ!沢山撮ったけどその中からチョイスするものだと思っていたら、後から全部使うと聞いて(笑)。中には商品説明が出来ていないものもあるのに!」

――それでも全部オッケーだった

西川さん「僕たち演者側がこれはさすがにマズいでしょ、と言って撮り直した物が1つだけあるんですけど、結果的に録り直す前のやつが採用されていました(笑)。確かに2回目の方は段取りを踏んでる感じが出てしまっていて、ライブ感は録り直す前の方があったりして。」
大切なのはライブ感
大切なのはライブ感
――14作品のうち、これは好きだなという作品は?

西川さん「商品がベルトコンベアで流れるやつがあって、あれが結構好きですね(上掲の作品)。あの作品を一番最初に撮ったんです。どういう画になるか全く分からないまま、ズラッと商品が並んでる前に立って。これはどうなるんですか? と聞いたら『気にしないでください』と返されて。気になるじゃないですか(笑)。でも最後まで答えをもらえないまま本番に突入して、ああいう形になりました」

――何だか凄いですね

西川さん「さらっと普通に終わらせない、独特なこだわりがあるチームに参加させていただいてます。エステーさんのCMはこれからますます変な感じになっていくと思うので、今後もご期待下さい」


約30分のインタビューを終え、西川さんは颯爽と帰っていった。

西川さんが歩いた後に妖精の粉的なものが落ちているんじゃないかと思ったけど、もちろん落ちていなかった。

ジャズのアドリブとCMのアドリブ、それぞれのアドリブについての話を聞いた。共通するのは、アドリブには素の自分が出る、ということだ。そして、アドリブに伴うライブ感。表現者にとってそれらはとても怖いことだと思うが、その分、聴いたり見たりする人たちの心に響くのだろう。

また、アドリブを繰り出すには、それに見合った技術が必要なことも痛感した。

いや、痛感は言い過ぎだろう。うまいことまとめようと必死だな、俺。技術って具体的にはどういう技術だ? それは分からない。分からないから「痛感」としとけば乗り切れると思ったんだ。乗り切れたのか? それも分からない。

と、これもアドリブで書いて推敲していない。

アドリブは一朝一夕ではできない。築き上げた信頼と実績、それを裏付ける確かな技術が大切なのだ。なんだか企業のスローガンみたいになってしまいましたが。
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