7種類の「カツ」
家に帰って数えてみたらカツは7種類あった。
そもそも「カツ」ってなんだろう。カツとは呼んでいるが、トンカツともビフカツとも違う駄菓子。食品表示法をはるかに超えた力学がそこに働いて、みんなに「カツ」と認められている。
カツがカツであることがすごい。そう考えると7種はカツとしてはやり過剰である。
一番メジャーかもしれない、ビッグカツ
まずは僕が一番良く知っているタイプのカツ「ビッグカツ」から食べてみたい。メーカーは「菓道」。
ソースラインがおしゃれ
パッケージによると「とんかつソース味」。実際に食べてみると、舌の端にかすかにカツの姿が見えて通り過ぎてゆく。
こんな感じの認識の仕方
改めて食べてみるとすごくF1並みにスピードが速い味覚体験だ。たしかにカツなんだけれどももうそこにはない。やはりカツはすごいのだ。
今度は「すぐる」というメーカーのビッグカツである。
カツ本体がパッケージから透けて見える
さっき食べた菓道のやつに比べるとポップでかわいい。「ずっとかわらないおいしさ!」というキャッチコピーは菓道の「おいしさUP!」に対抗してつけているのだと思う。
算数の時間を思い出させる見事な長方形
食べてみると、だいぶ塩気が薄い。しかし、総じて味の濃い駄菓子界において、逆にグッと存在感が出てくる薄味である。
なにか意味ありげな、奥深げな薄味だった
メーカーの「すぐる」は、実にいろいろな味のカツを出している。この後食べるカツはすべて「すぐる」のカツだ。
原稿を書いている今思えば、この味の薄さは「すぐる」のカツバリエーションに対しての伏線だったのじゃないかと思う。
次は「ハムカツ」である。スタンダードなカツでさえ口の中でうまくとらえきれないのに、こんなに細かい分類しちゃっていいのだろうか。
パッケージはマンガ調で楽しい雰囲気
「むかし懐かしハムカツ屋さん」と書いてある。今も昔もハムカツ専門店なんて聞いたことがなくて、僕は懐かしいとは思わない。
でも、パッケージはずいぶん楽しそうだ。お菓子のバリエーションのために、偽史を一つ構築するパワフルさに圧倒される。
完全に塗りきられていないソースに人間性を感じる
食べてみる随分としょっぱい。このしょっぱさで「ハムカツ」を表現しているのだろう(肉よりもハムの方がいくらかしょっぱいはずだから)。
そこ以外には特にハムらしさはなくて、読み解く力が必要なタイプの駄菓子である。
しょっぱいのが好きな人にはお勧め
こんなのもあるのか!と驚いたのがこちら、デミグラスソースカツ。
ぐっと高級感のあるパッケージだが値段は同じく30円
「魚介シートとパン粉がデミグラスソースと調和して…」という解説がある。ちょっと信じがたい文章が淡々と平熱で書かれていて、ズン、と圧力を感じた。
しかしこれがうまい
これ、すごくまろやかな味がする。単純な駄菓子の味の濃淡で、デミグラスソースをうまく描ききっているような巧みさがあるのだ。点描のような世界である。
印象派の駄菓子である
もうカツならなんでもやったる、そんな信念を感じさせる名古屋みそカツ。
パッケージ左下にみそのブランドまで書いてあるのがすごい
伝統あるみその会社とタイアップしているそうだ。地面に穴を掘って基礎を作って、その上に構築物を作っているような、みそカツに対する強固な意思。
うっかり頭をぶつけたりしたら、すごく痛そう。
味噌を配合しているのでソースの色が濃い
本気の八丁みそと聞いて一瞬ひるんだが、食べてみるとみそ感はそこまででもない。スパイシーなカツにほんのり甘みが来る程度。
どことなく全体的にホンワカとした食後感があった。
食べてリラックスする感じ
カレー味のカツである。ありそうで現実にはあまりない料理をカツ化せしめている逸品。
どことなく『きんぎょ注意報!』を思い出させる給食のおばさん
カレーのイメージが「給食のカレー」であることがほほえましい。インドじゃないのだ。
思えばあのカレーを食べられるのは子供の頃のほんのひと時だけで、人生全体のカレー総量から考えると貴重である。
それにしても駄菓子って平面的な物が多い
そもそもプレーンのビッグカツ自体がほんのりカレー味だ。そこにあえて「カレーカツ」ならば相当のカレー味を期待したのだが、意外とカレー感は控えめ。
カレーカツの身になって考えてほしい
得意としている分野を、別に得意としていない物にそんなに勝てていない、というかわいそうな現象が起きている。
最後に残しておいたのはハバネロ。カツはここまで全般的に子供向けの味付けだったのだが、これはどの程度ハバネロなのか、さっぱり見当がつかない。
すごく辛いのか、そこまででもないのか。パッケージからもいまいち読み取れない
と、裏面を見ると、昔のアングラテキストサイトみたいな色使いである
うっすら赤みを帯びた本体
ここにきて初めて衣の色が変わった。ドラクエの後半の色違いの強い敵みたいだ。
食べてみると、最初はまろやかで辛みが徐々にくる。最後は一直線に辛みが突き抜けてゆく感じ。
唐辛子一般における辛さモデルを忠実になぞった形で、最終的にココイチのカレーの2辛程度の辛さに着地した。
唐辛子の辛さはアリのエサさがしに似ていないか
ハバネロカツを食べていて思い出したのだが、こういう唐辛子系の辛さの感じ方ってアリっぽいなと思うのだ。「アリっぽい」といわれてもわからないと思うのでちょっとイラスト込みで詳しく説明させてほしい。
まず最初に、辛みを口に入れた瞬間はあまり辛さを感じない。口の中で辛さを探しているような状況である。これはアリがエサを探しているのに似ている。
エサを探しているアリ/まだ辛みが見つかっていない状態
しかし徐々に辛さが口の中で増してくる。アリがエサを右往左往しながら巣に持ち帰るスピードに似ている。
エサを巣に持ち帰るアリ/辛みが徐々に伝わる状態
最終的に口の中は辛みに支配される。アリは一度巣に帰ると仲間を呼んで、すごい勢いでエサを運び出す。無駄のない研ぎ澄まされたやり方で、とても辛いと思うのだ。
列をなして効率的に持ち帰るアリ/もう辛みしか感じられない状態
アリは甘いものが好きなのだが、こんな風に辛みのたとえとしてぴったりとくるのも、不思議である。
秋の夜長と駄菓子
最後カツとは遠いところに考えが行ってしまった(すいません)。でも駄菓子ってこんな風にどうでもいいことをぼんやり考えるのに、よく似合う。緩やかに時間が過ぎて行った。
もしもこれが新宿さぼてんのトンカツであったら、いちいちこんなことは考える暇もなく食べているだろう。