チャーシューの「にぎり」
「マリオン」というラーメン屋に行ってから、チャーシューについて考えるようになった。ここに少し変わったメニューがある。
「マリオン」京浜東北線王子駅より徒歩5分。夜しかやってない
オーソドックスな東京ラーメンと「にぎり」
ここで珍しいのは「チャーシューのにぎり」。
ラーメン屋にはラーメンだけじゃ足りない人のためにちょっとしたご飯メニュー(半チャーハンとか)が置いてある。
それがここでは「にぎり」なのだ。
こんなにも整然としたたたずまいのチャーシューがかつてあっただろうか
最近ではラーメン屋さんも目を引くように、いろいろな変わったメニューを出している。このにぎりもそんな話題作りのためのサイドメニューかな…と思って食べたら、想像以上にうまかった。
シャリ部分にはもち米を使ったチャーシューの炊き込みご飯を使用している
ネタがチャーシュー、というだけじゃなくて、にぎり全体からチャーシューの味がする。チャーシューってこんな風に使ってもおいしいんだ…。
この「スープに浸されたチャーシューを」どのタイミングで食べるのの一番良いのか…ということについ てはずっと考えてはいたのだが
新しい発見にハッとする一方で、ふと思う。チャーシュー的には、どちらの境遇が好ましいのだろうか?
ラーメンに入っているチャーシューは、具の中でも一番華やかな存在だ。チャーシュー界においても殿堂入りのポジションと言えるだろう。言ってみれば、でかい会社の社長である。
僕自身はせいぜい青いネギのポジションであると思う
では、にぎりはどうか。こちらはチャーシューが目立ってはいるが、その下で支えているのは米だ。チャーシューより米の方が食べ物としての地位は明らかに高い。僕は、こういう大人の密談を想像してしまう。
これがお寿司の構造です
チャーシューの立場か…と考えていたのだが結論が出ないうちに、また違う形のチャーシューに出会った。今度はうどん屋だ。
チャーシューの天ぷら
さぬきうどんブームのさきがけになった新宿のうどん屋「麺通団」。トッピングの天ぷらコーナーに「チャーシューの天ぷら」を見つけた。
チャーシューはうどんには入れないが、天ぷらをうどんに入れるのはふつうだ。こんな風にフィールドを広げるやり方もある。
「あんこの天ぷら」も目につくのだが、ここではチャーシューの天ぷらに着目して欲しい
かけうどん (小)にチ ャーシュー 天をトッピ ング
見た目は天ぷらなので違和感ない。味はうどんに合うだろうか。
うまい
これがなんで今までなかったんだろう、と思えるような馴染みっぷり。あえて衣を身に付けることによって異分野で活躍する。こういう人生も思い切っていて良い。
しかし具体的には「着ぐるみのバイト」くらいしか思いつかないな。衣をつけて異分野って
自作のチャーシューそば
しかし、本当に天ぷら方式が優れているのか。試しに家で、日本そばになんの加工もしていない素のチャーシューを入れてみた。
あんまりおいしそうには見えない
すでに、天ぷらチャーシューうどんという成功事例がある。その延長線上にいれば、衣は省ける手間なのかもしれない。
…あんまりおいしくない
ほとんど見た目通りのミスマッチ。日本そばもチャーシューもそれぞれは全く悪くないのだが。
安易にマネをして、しかもそれが全然洗練されていない形で、本当に悪いことした。チャーシューに心の中で謝りながら食べ終えた。
こういうチャーシューの立場、世間においてもよくあると思う。
ほとんど失敗することがわかっている仕事
おつまみのチャーシュー
ここで、素のチャーシューについて考えてみたい。チャーシューが、そのままポンと出てくるシュチュエーションは飲み屋の「おつまみ」だ。
日高屋の「おつまみ盛り合わせ3点セット」だと思われる(この写真を撮ったときの記憶がない)
キムチ、メンマと仲良く並ぶチャーシュー。この3つが並列に扱われているのは、すごいことだ。
特に、ラーメンの具社会において、メンマは毎朝一番にオフィスに来て、チャーシューの机を拭かなくてはいけないくらいの立場であると思う。
この「おつまみ3点セット」は、そうしたヒエラルキーのちょっと外にある非日常である。例えるならば、会社の趣味の仲間でやっている草野球のような場ではないか。
勤務外では偉ぶらないチャーシューさん
そう考えると、「おつまみ3点セット」が何とも言えずほのぼのとした良い情景に見えてくる。日高屋あたりでちょっと食べるのにはぴったりだ。
切れ端が憎い!
おつまみといえば、「チャーシューの切れ端」を使ったパターンもある。これは立ち飲み屋の「ネギチャーシュー」。ごま油で和えたネギに、細かく刻んだチャーシューの切れ端が混ぜてある。
こんな簡単な食い物がホッピーによく合う
これは、チャーシューからしたら完全に「片手間」の仕事である。なにしろ切れ端だ。それでもネギ全体にチャーシューの存在感が届いている。
切れ端でもすごい成果を出すのがチャーシューの実力なのだ
裸のチャーシュー
このページでは「草野球」や「絵画」などにおつまみチャーシューを例えて来たが、ここで、チャーシューの本来の力を皆様にお見せしたい。
デイリーポータルZ忘年会のときのことだ。この忘年会は持ち寄り制で行われた。
そこで当サイトの西村さんが持って来たのがこのチャーシューの塊。有名店で買って来たのもだそうだ
切り分けると…
一斉に女性陣が飛びつく!
もう首ったけ
他にも色々うまそうなものはあったのだが、この素のチャーシューが一番人気であった。チャーシューは何も身に付けなくても、何もしなくても、充分に魅力的なのだ。
つまりはこういうことである
量の問題
最後に「チャーシューの希少性」について考えてみたい。物の価値は需要と供給で決まる。ふつう、ラーメンの中にチャーシューは一枚か二枚だ。
この少なさに、チャーシューの価値は支えられているところないだろうか。もし、ラーメンの麺よりもチャーシューの方が多いようなチャーシューメンがあったら、チャーシュー一枚の価値はどうなるのか。
チャーシューが多過ぎたら
その答えはここにあった。水道橋にある「肉屋」という名前のラーメン屋だ。
堂々とした「肉」の文字
いや、ラーメン屋なんだけれど
言っておくが、ここで豚小間200グラム、とか買えるわけではない。「肉屋」とはずいぶんと言い切ったものだ。わかったわかった、チャーシューがウリなんだね、と理解すると、こんな看板が目に入った。
無料肉増し?
この店では、ラーメンやチャーシューメンを頼むと無料でチャーシューを増してくれるらしい。牛丼屋の紅ショウガみたいな扱いになっている。
チャーシューメン+無料の肉増しダブルで、と注文するとこんなラーメンがでてきた。
チャーシューメン950円
枚数も多いだけじゃなく、チャーシューの一つ一つがとても分厚い。写真でどこまで伝わっているだろうか。
チャーシュー一枚でごはん一膳くらいいけそう
チャーシューの間から麺を発掘する作業
麺よりも肉の方がずっと多い。食べ終わった後の印象は「ラーメン食べたな…」よりも「肉食べたな…」という感じである。たしかにここは「肉屋」だった。
イラストにするとこんな印象。とにかくチャーシューだらけだった
こうなってくると、確かに一枚あたりのチャーシューの価値は下がっていると言わざるを得ない。チャーシューがプライドを捨てて、丼一食分の価値の向上に貢献している事例と言える。
ちなみに、このラーメンの中では相対的にネギの価値が高まった。具の革命が起きている。
ネギを計画的にかみしめながら食べ進めた
こいつの価値を見直しました
チャーシューってすごい
どんな立場でも、チャーシューは主役になれる存在だ。力強くて、器用。求められる人材である。
しかし、ネギにはネギの良さがあるんだよな…ということも、よくわかった。みんなそれぞれ自分なりに生きていけば良いと思う。