「チャンスはエレベーターでつかめ」というけれど…
普通の会社ならエレベーターに乗る時間なんてだいたい10秒~15秒くらい。長くて30秒ってところだろう。その時間で相手の心を掴むプレゼンなんてできるんだろうか? 心を掴む以前に、きちんと話の内容を理解してもらうことすら難しいのではないか?
エレベーターで鍛えるプレゼンスキル
少なくとも今の僕のプレゼンスキルでは無理だろう。今後エレベーターで投資家と出会っても困らないように、今からプレゼンスキルを磨いておこう。エレベーターで。
とはいっても僕には特にこれといったビジネスプランがないので、昨今の時事ネタについて、エレベーター内のわずかな時間で説明することにした。
ここ1週間の時事ネタをリサーチ
東京都庁のエレベーターで
シリコンバレーでは30秒ということになっているが、初心者の僕にとってはハードルが高い。倍の1分くらいは欲しいところだ。
調べてみると新宿にある東京都庁の展望室行きエレベーターが約1分ということだった。早速スーツに身を包んで、都庁を訪れた。
東京都庁
「登庁初日」。という雰囲気がしなくもない
昨日覚えた時事ネタを頭の中で反芻する
今回、相手役を務めてくれるのはデイリーポータルZ編集部の安藤さんだ。安藤さんは大企業の御曹司で資産は100兆円という設定である。
100兆円の男は難しい。エレベーター内の1分1秒ですら無駄にはできない。
100兆円の男こと編集部・安藤氏
まずは名刺交換
そしてエレベーターへ
まずは1分を体感する
時事ネタをプレゼンする前に、まずは1分という時間がどれくらい短いのか体感してみることにしよう。世間話でもしてたらあっという間に着いちゃうはずだ。
榎並「今日は寒いですね」 安藤「そうですね」
榎並「寒いのは苦手ですか」 安藤「まあ、そうですね」
驚くべき会話の弾まなさ
弾まない会話。気まずい沈黙。出会ってもう3年になるのに、こんなにも打ち解けられてない2人が他にいるだろうか。
わずか17秒で会話終了
榎並「・・・」 安藤「・・・」
1分がいかに短いかを検証しようとしたのに、逆に長く感じられる。残りの時間はいただいた名刺のデータを熟読して時間をつぶした。
「へー、昌教って名前ですか」
(早く着かないかな…)
1分の地獄タイムが終了
というわけで、期せずしてエレベーター内の1分はけっこう長いことが発覚した。これなら、プレゼンだって楽勝かもしれない。
安藤さんからプレゼンの「お題」をもらう
プレゼントレーニングは、安藤さんから何かお題をもらい、それについてエレベーターの中でコンパクトに説明するというやり方だ。お題は何が来るか分からないので5分間のリサーチタイムをいただくことにした。
とはいえ、最近の時事ネタはバッチリ頭に叩き込んである。リサーチタイムなぞ別に必要ないくらいだ。さあこいお題!
「じゃあ最初のお題は『AKB48』にしましょう」(安藤さん)
え?
安藤「では、スタート!」 榎並「ちょ、待って」
安藤「はい。1分~」 榎並「・・・」
何でもいいとは言ったがまさか「AKB48」とは。てっきりTPPとか来ると思ってたから国民的アイドルの情報はとくに仕入れてなかった。
しかも途中でマジ取引先から電話が
マジ取引先へのマジ謝罪で3分のタイムロス
気を取り直してAKBに関する情報をひたすら書きとめる
タイムアップ。え、もう?
不安なままエレベーターへ
wikipediaと芸能ニュースを中心にいくつかのサイトで調べたが、あまり有益な情報は得られなかった。プレゼンに望むにはかなり心もとない状態だ。
プレゼンスタート
「え~AKB48ってのはですね、アイドルですね。秋葉原に劇場があって、え~っと」
「そう、48人なんです。プロデューサーは秋元康さんで…えっ僕ですか? 僕は秋元康じゃないですよ。眼鏡で太ってるけど違います」
「あっちゃんが~、板野が~」
チーン
えっ! さっきより早くない?
ぜんぜん説明できない
調べたことの半分も説明できないまま、あっという間にエレベータは最上階に到着した。ぜんぜん時間が足りない。さっきはあんなに長く感じられたのに。
正直まったく手ごたえがないが、いちおう安藤さんに評価してもらった。
【安藤さんの評価/お題「AKB48」】
※各項目5点が最高点
「理解度」や「情報量」など、やはり全体的に評価が低い。「おもしろさ」「意外性」の評価が高いのは芸能ニュースのゴシップ情報を多めに取り入れたからだろう。安藤さんはゴシップが好きなのかもしれない。
お題がトリッキーすぎる
コツはなんとなく分かった。次こそうまく説明したいところだ。次のお題はなんですか?
「じゃあ、鎌倉幕府で」(安藤さん)。
鎌倉に幕府が開かれたのは1192年。800年前の時事ネタである。TPPのこととか勉強しても全然意味なかった。
リサーチスタート
「鎌倉幕府」。スマートフォンではあまり検索されることのないワードではないだろうか
「えっ!1185年? イイクニ(1192年)じゃないの?
5分。リサーチタイム終了
自信の表情
今回は自信あり
ネット上には鎌倉幕府の情報が約1270000件載っていた。意外と人気だ。
情報が豊富だったこともあり、なかなかいいネタが仕入れられたと思う。自信を胸にエレベーターに向かうが…。
混んでる
混雑というアウェイ
満員のエレベーターで鎌倉幕府について熱く語るおっさん。これはかなりまずいタイプの変態ではないだろうか。しかも、他の乗客が静かだから、僕の熱い鎌倉トークだけが轟いている。
ひとりでしゃべってるのも迷惑なのに、話題が「鎌倉幕府」。他の乗客からしたらとんだ鎌倉幕府ハラスメントである
恥ずかしさに耐えつつ鎌倉幕府の魅力をアピール
しかし、運よく投資家と乗り合わせたエレベーターが混んでいることもあるだろう。恥ずかしがっていては生き馬の目を抜くシリコンバレーでは通用しないのだ。
誰もこっち見ないけどな
ようやく開放
かなりのアウェイながらさっきよりはうまく説明ができたと思う。伝えられた情報は次の5つだ。
・僕らおっさん世代は「いいくに(1192)つくろう」と覚えたが、最近の教科書では1185年に変わったらしい
・朝廷に入り込み、朝廷を通じて統治していた平家に対し、鎌倉幕府は朝廷から独立した武家政権を確立
・それまでの公家社会文化と異なり、仏教や美術も武士や庶民に分かりやすい新しいものが好まれた
・源氏の血が絶えた後も、北条氏による執権政治が続いた
・源頼朝は妻の北条政子が妊娠中に亀の前と浮気したらしい
固いネタからやわらかいネタまで。ゴシップ好きの安藤さんのために、頼朝のスキャンダルも織り交ぜた渾身のプレゼンである。
【安藤さんの評価/お題「鎌倉幕府」】
※各項目5点が最高点
続いてのお題は気分転換に外でプレゼン資料を作ることにした
そんな今回のお題は
鰤(ブリ)である
続いてのプレゼンテーマは魚の「ブリ」である。相変わらず事前の予習が全く意味をなさないお題だ。
ちなみに鰤についての情報は鎌倉幕府を上回る2950000件
準備OK。いざエレベーターへ
何を伝えるか
1分という時間の中で伝えられる情報はせいぜい5つくらいだ。エレベータープレゼンにおいては情報の取捨選択がカギになる。
まずは鰤の基本情報から説明
後ろのおじさんも聞き入っている
「…以上です」
時間もぴったり
手ごたえアリ
産地は日本海や九州、北海道。大きさで名前が変わる出世魚で、旬は冬。西日本ではおせちに使われることなどを説明。鰤の魅力について十分に伝えられたと思う。安藤さんからは「僕が鰤について知りたいと思っていたことは全て教えてくれたと思います」と最上級の評価をいただいた。
【安藤さんの評価/お題「鰤」】
※各項目5点が最高点
説明だけでなく主張も取り入れてみる
説明はだいぶ上達したので、次は自分の考えをプレゼンに取り入れてみることにする。ビジネスプランの斬新さだけでなく、僕というパーソナリティも売り込むのだ。
次が最後のお題です
ラストに直球のお題
最後のお題は「少子化」。「AKB48」「鎌倉幕府」「鰤」ときて最後が「少子化」だ。これまで変化球、変化球だったのに最後にど真ん中の直球が来た。ベテラン捕手のような見事な配球である。
これまで少子化について問題意識をもったことがないので特に主張はないのだが、少子化の概要を述べつついちおう自分なりの解決策をプレゼンしてみよう。
~15秒。少子化のメカニズムについて説明
~30秒。日本の少子化の現状について説明
~50秒。解決策をプレゼン
~60秒。ドヤ顔
最初の30秒で少子化についての概要をさっと説明し、残りの30秒を主張に充てた。ちなみに主張というのは「多夫多妻制」を導入して結婚後も自由恋愛を推進するというものである。
爪痕は残した
プレゼンを聞いた安藤さんの感想だが「最初に少子化についての説明をしてくれたが、後半に『多夫多妻制』がいいという意見が出てきてそのインパクトに全部もっていかれた。そういう意味でプレゼンとしては成立しているのではないか」とのことだ。
アイデアの中身はともかくインパクトは残すことができた。どんなに画期的なアイデアでもエレベーターの中だけで相手を納得させるのはやはり難しい。プレゼン理解してもらうことに必死になるより、まずは相手の心に爪痕を残すということが大事なのかもしれない。
【安藤さんの評価/お題「少子化」】
※各項目5点が最高点
いいトレーニングになった
短い時間だと自ずと要点が絞られるので、かえって分かりやすいプレゼンができる。エレベーターの中はけっこういいトレーニング空間なのかもしれない。
じっさい最初に比べてプレゼンスキルは各段に上がった。少なくとも鰤に関しては、ジョブズよりもうまくプレゼンできる自信がある。