特集 2011年10月29日

海老のヒゲだけを集めた天ぷら

たしかに希少ではあるけど
たしかに希少ではあるけど
幼い頃、父にこんなことを言われた。

「海老のヒゲを集めた天ぷらは高級料理なんだぞ」

当時は素直に信じたが、未だに父以外からこんな話を聞いたことはなく、もちろんその海老ヒゲの天ぷらとやらも見たことがない。当然食べたこともない。
石川県出身。以前は普通の会社員。現在は透明樹脂を用いたアクセサリーを作る人。好きな色は青。好きな石はサファイア。好きな犬はウェルシュ・コーギー。

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つまり、嘘かもしれない

海老のヒゲが高級食材。という未確認情報。

初っ端からこれを言ってしまっては興ざめかもしれないが、父の与太話だったのではないか? と少し思っている。

決して不真面目な人ではないのだが、時折そういうお茶目な小話を繰り出してくる父なのだ。 例えば同じ頃、こんな話をされたこともあった。

「お父さんの友達にな、ガラスのコップをバリバリ食べちゃうおじさんがいるんだよ。底の部分はちょっと分厚いからさ、噛み砕くのが大変だって言ってたなあ」
新種の妖怪か
新種の妖怪か
そんなおじさんが現存ならこうして海老ヒゲの記事など書いている場合ではない。今すぐ取材に走りたい。

要は面白い作り話をして、幼い私をきゃっきゃと喜ばせるのが好きだったのだろう。微妙なリアリティを混ぜているのが小憎たらしい。

しかしそんな無茶なコップ話でさえ、大人になった今でも心のどこかで「ひょっとして…」と思っている自分がいる。
冷静に考えれば絶対ウソなのだ。
サンタクロースなんていないのだ。
でも、少なくともサンタよりはコップおじさんの話の方がまだ信憑性がある。子供たちに何の夢も与えてはくれないけど。

そして、それより更に「ありそう」なのが海老のヒゲ天ぷらだ。
海老ヒゲ>コップおじさん>サンタクロースという信憑性のヒエラルキーが自分の中にできあがってしまっている。

それが父の言うとおり高級食材か否かという論議は一旦置いておいて、ひとまず作ってみるだけ作ってみよう。

海老の入手

さて、海老といっても色々あるが、何となく私の頭にあったのは甘エビだった。(というか、父にこの話を聞かされたのが甘エビを食べている時だった。)
甘えびのあの細いヒゲを、ちまちまと集めるのはさぞ大変だろうと思ったのだ。なるほど高級というのも頷ける、と。

というわけで幼い自分が描いた想像図を信じて、甘エビを買った。
ネット通販で海老がやってきた。ようこそ!
ネット通販で海老がやってきた。ようこそ!
パッケージには見知らぬ女性が。海老の女王さまですか?
パッケージには見知らぬ女性が。海老の女王さまですか?
近くのスーパーにも探しに行ったのだが、残念ながら殻付き(つまりヒゲ付き)の甘エビはどこにも見当たらなかった。
東京のスーパーにおける海老ヒゲ事情は思ったより厳しい。
蓋を開ければ海老天国! いや、海老にとっては海老地獄か?
蓋を開ければ海老天国! いや、海老にとっては海老地獄か?

海老のヒゲを集める、という行為

凍った状態で送られてきた甘エビ達。グリーンランド出身。

ぎっしり詰まった海老本体よりも、ぴょこぴょこ飛び出している海老ヒゲの方に熱い視線を送ってしまう。
びよんと伸びる海老のヒゲ。今日ばかりは君たちが主役だ。
びよんと伸びる海老のヒゲ。今日ばかりは君たちが主役だ。
手でぷちっと簡単に抜ける
手でぷちっと簡単に抜ける
箱の裏にもヒゲがくっついている。もったいない!
箱の裏にもヒゲがくっついている。もったいない!
冷凍されてブロック状になっている海老を慎重にほぐしながら、ヒゲの収集を進めることにする。

しかし中にはヒゲを持たない海老も多い。冷凍される段階で無くなってしまったのか、実に半数以上がこの「ヒゲなし海老」だった。ここにきてヒゲの希少性は高まる一方だ。
このように立派なヒゲが2本とも残っている個体は非常に稀
このように立派なヒゲが2本とも残っている個体は非常に稀
「お役に立てなくてすみません……」
「お役に立てなくてすみません……」
心なしか悲しそうな表情に見えてくるヒゲなしさん。

元気を出してほしい。君が悪いわけじゃない。
「そうだぞ! 明るく行こうじゃないか!!」
「そうだぞ! 明るく行こうじゃないか!!」
「俺なんかほら、90度だぜ!」
「俺なんかほら、90度だぜ!」
「ヒゲがなくたってダンスはできるもの!」
「ヒゲがなくたってダンスはできるもの!」
いや、脳内海老劇団を旗揚げして遊んでいる場合ではない。黙々とヒゲ採集を続けよう。
全部集めたらこうなりました
全部集めたらこうなりました
この量の海老から、たったこれだけ
この量の海老から、たったこれだけ
1Kgの甘エビを購入したのだが、とれたヒゲはほんの数グラム。
確かに希少ではある。マグロでいえば大トロ、鉱物でいえばダイヤモンド。

しかしそうはいっても、ヒゲはヒゲ。大トロと比肩するだけの価値はあるのだろうか。
ちなみにヒゲは一番長いもので約13cm、海老本体よりも長い
ちなみにヒゲは一番長いもので約13cm、海老本体よりも長い

海老のヒゲ、天ぷらになる

とにかく揚げてみよう。イメージではヒゲがひと固まりになったかき揚げなのだが、失敗が怖いので控えめに一本だけ天ぷらにしてみる。海老ヒゲにおけるリスクマネジメントである。
しかしこのヒゲ、天ぷらの衣をはじくはじく
しかしこのヒゲ、天ぷらの衣をはじくはじく
横着して、衣の前に小麦粉をまぶさなかったのが敗因だろうか。こういうお正月の飾りがあったような。
それでも無理やり衣にくぐらせ、なんとか無事に揚がりました
それでも無理やり衣にくぐらせ、なんとか無事に揚がりました
ポッキーのように食べることを想定して衣がついていない持ち手部分を残してみたが、結局全部油に浸かっているのであまり意味はなかった。
それでもやっと目の前に現れた海老ヒゲ天ぷら。お味はいかに。
…うん! 全然分からない!!
…うん! 全然分からない!!
サクサクしていて美味しい。けど、それが海老ヒゲの力なのか単に天ぷらの衣が美味しいだけなのか、いまいちハッキリしないのだ。
味わっても味わっても、海老の風味には辿りつかない。なんだこれ、と思っている間に口の中から無くなってしまった。なんという儚さ。

では思い切ってヒゲの量を増やしてみたらどうだろう。
見た目はまあ、色鮮やかで美しいと言えなくもない
見た目はまあ、色鮮やかで美しいと言えなくもない
あ、今度は少しヒゲの食感が分かるかも
あ、今度は少しヒゲの食感が分かるかも
ヒゲが増えた分、サクサク感もアップだ。しっかり揚げたおかげか、ヒゲがちくちくと口の中に残って不快…ということもない。

噛み締めると、遠くの方から微かに海の香りがする。ただ、それが海老の味かどうかはよく分からない。独特の風味は感じられるものの、どうにも海老っぽくないのだ。

海老からできているのに海老の味がしないものなーんだ、とクイズを出される機会があったら誰よりも素早く「海老のヒゲ天ぷら!」と答えたい。
残りのヒゲも全部揚げて、盛りつけてみた
残りのヒゲも全部揚げて、盛りつけてみた
見た目の繊細さはまあまあ高級食材っぽいといえなくもない。
ほのかに塩味のする繊維的な何か。決してマズイものではないのだが、ものすごく美味しいから山盛り食べたい、というわけでもなく。
お店で高いお金を払ってまでとは思わないが、軽いスナック感覚で食べるならまあ有りなんじゃないだろうか。

ただしこれがそこそこ美味しく感じられるのは揚げたてサクサクの状態に限ると思う。
遠目で見るとなんとなくカニカマにも見える
遠目で見るとなんとなくカニカマにも見える
ところで、海老(本体)と天ぷら衣が沢山余っているのでこんなものを作った。
ミニ海老天!
ミニ海老天!
甘エビを天ぷらにするならかき揚げにするのが一般的かもしれないが、この形でも問題なく美味しい。
この海老天をもってして、やっぱり海老はヒゲより本体だな、という確信に至った。

一周して初めて気がつく当たり前の事実というのもあるものなのだ。

さてこの後、しばらく甘えび三昧の日々を送ったことは言うまでもない。北陸産の採れたて甘エビを食べて育った自分は甘エビの味にうるさい女だと思っていたのだが、今回のグリーンランド産も十分甘くて満足だった。なので海老ヒゲ高級説を唱える父には悪いが、もう一度声を大にして言いたい。

海老は、ヒゲよりも本体のほうが断然美味しいです!
やっぱり甘エビはお刺身で食べるのがいいよね!
やっぱり甘エビはお刺身で食べるのがいいよね!
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