特集 2011年10月11日

実の親子丼を作りたい

血縁関係のあるリアル親子丼
血縁関係のあるリアル親子丼
親子丼がうまいということに異論を唱える者は少ないだろう。
確かにうまい。
とろとろの卵とぷりぷりの鶏にひたひたのダシ。
想像しただけで身をよじってしまいそうなうまさだが、よくよく考えてみれば、あれって本当の親子ではないんじゃないだろうか。
1973年北海道生まれ。物心ついた頃から飽きっぽい。そろそろ自分自身にも飽きてきたので、神様にでもなってみたい今日この頃。

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おおざっぱすぎる親子関係

僕の父は工藤幸雄という。
母は工藤静子。
僕たちは親子だ。
ザ・両親’ズ
ザ・両親’ズ
ではスティーブ・マックイーンは僕の親だろうか。
石原裕次郎は、吉永小百合は僕の親だろうか。
僕の知らないドラマティックな出来事が過去に起こっていない限り、おそらく、まず間違いなく違う。
あるいは、AKB48の誰かが僕の子だろうか。
これは自信を持って絶対に違う。
世にはびこる親子丼は、ようするに、スティーブ・マックイーンと僕を親子だといっているようなものではないか。

うまいからいいんだけれど

僕はそのことを、親子丼を食べるたびに思う。
この親と子に、血縁関係はあるのだろうか。アカの他人同士が鍋の上で煮込まれて、はい親子です、というのはあんまりではないかと。
大戸屋の炭火焼き鳥親子丼。うまい
大戸屋の炭火焼き鳥親子丼。うまい
といいつつも、親子丼はうまくて僕の腹を満たしてくれる。
理屈などどうでもいいのだ。
どうでもいいのだけれども、でもいつの日かこの不自然な親子関係を正して、本当の意味での親子丼を作ってあげたい。
そう思いながら僕は暮らしてきた。
いつも僕を満足させてくれている親子丼への感謝の気持ちも込めて。

ちょっとやりにくいよな

しかし、ニワトリを連れてきて卵を産ませて、それを親子ごと調理するというのは、さすがになんというか、自分の手ではやりたくない。
そこで考えたのが、これだ。
通販で購入
通販で購入
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子持ちの鮭を購入

ということで、ニワトリでの実の親子丼は実現が難しいので、イクラ入りの鮭を購入した。
氷り漬けになってくるとは思わなかった
氷り漬けになってくるとは思わなかった
北海道などの観光地で、鮭とイクラがのった丼を親子丼と称して提供している。
この親子丼だったら、血縁関係のある実の親子丼を作ることができるのではないだろうか。
氷の中から鮭登場
氷の中から鮭登場

まな板にのった鮭

観光地の「鮭親子丼」もおそらく一匹の鮭から身と卵を取り出してはいないだろう。
なぜなら、そんなことをする必要がないからだ。
いままでまな板にのったものでいちばんでかいな
いままでまな板にのったものでいちばんでかいな
同じ鮭から身とイクラを取ったからといって、たぶんきっと味がよくなるわけではない。
なので、わざわざそんな手間をかけることは意味のないことだ。
けれども、これは言葉の定義の問題である。
親子丼というあいまいすぎる名前に、いちどはっきりとケリをつけたい。
そういう思いで、僕はいま鮭と向き合うのだ。

さばけるのか

ど、ど、どうすればいいんですかね
ど、ど、どうすればいいんですかね
とはいうものの、僕は鮭をさばいた経験がない。
若い時分、学校へも行かず仕事もせずにただ毎日魚を釣っていた時期があり、ある程度魚の調理について経験はあるのだが、その時にさすがに鮭は釣れなかったので鮭などさばいた経験がない。
そういう時はインターネット検索だ。
「鮭 さばき方」というフレーズで調べたらすすっと出てきた。
一昔前ならこういうのは姑に電話で聞かなければならず、そういう面においては新妻の負担がIT技術の発展で大幅に減ったということになる。
まあ僕は新妻ではないので関係ないことではあるが。
生筋子ゲットだぜ
生筋子ゲットだぜ

わりと簡単に筋子を取り出せた

ネットの画像をみながら挑戦したところ、特に難しいこともなく筋子を取り出すことができた。
お尻の方から包丁を入れ(コレが結構固い)手を突っこんで筋子を引っ張り出す感じである。
取り出した筋子をイクラに加工するわけだが、鮭の身の方も調理用に下ごしらえしなければならない。
こっちもさばかないと
こっちもさばかないと
身の方は、ただでかいというだけで、さばき方はふつうの魚と同じなのだけれど、でかいというのはなんとなく命も大きいような気がしてしまい、包丁を入れるのにややためらいが生じる。
正論をいえば、シシャモだろうが鮭だろうが鶏だろうがなんだろうが、包丁を入れることにかわりはないはずだが、こうしたためらいを感じると、やはり僕は対象の大小で命の重さを感じ分けてしまう程度の倫理観しか持ちあわせない人間なのだと改めて思う。
そんなことを考えつつ、実の親子丼の具と、明日以降のおかずとなる切り身を切り終えた。
切り身はとてもうまそうだ。
大量の切り身ができた。しばらくおかずに困らないな
大量の切り身ができた。しばらくおかずに困らないな
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イクラをつくろう

ここからはメインイベントともいえるイクラ作りのはじまりだ。
塩水で筋子をばらす
塩水で筋子をばらす
子供の頃、母親がイクラを作るのを見ていたので、なんとなくできちゃうんじゃないかな、と思っていたが、予想通りとくに難しくはなかった。
ただ、筋子の薄皮を全部とるのが大変で、それにかなりの時間を使ってしまった。
手間はかかってしまうのだが、こういう作業は嫌いではない。
嫌いどころか、一生このような単純作業を続けていたいとさえ思う。
たとえば6Pチーズを銀紙で延々と包む仕事とか、もしそういうのがあったらやってみたい。
皮をとりのぞく
皮をとりのぞく

醤油につけてしばし待つ

きれいに薄皮を取り除いた生のイクラに、醤油をどどっと注ぎ、しばらく待てばイクラの完成だ。
酒とかみりんとかだし汁なんかを入れるレシピもあるようだが、醤油だけでいいならその方が面倒じゃなくていい。
醤油でつけました
醤油でつけました

ごはんを炊きましょう

イクラのできあがりを待つこと半日、ほんとうはもうちょっと時間をおいた方がいいのだろうけれど、我慢できなさそうなことに関しては我慢できないタチなので我慢しきれず、高ぶる期待に胸膨らませながら炊飯器のスイッチを押した。
ちなみにこの炊飯器は「うちの炊飯器と人んちの炊飯器を比べる」という記事で好評価をいただいた自慢のマシンである。
ご自慢の炊飯器で炊飯!
ご自慢の炊飯器で炊飯!

鮭も焼きましょう

さきほど切り身にして軽く塩をふっておいた鮭を焼けば、実の親子丼の素材準備は完了である。
できあがりが楽しみでむずむずしてきた。
鮭を焼きます
鮭を焼きます
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鮭をフレークに

鮭イクラの親子丼であるが、観光地ではスモークサーモンがのっていたり、ルイベ(鮭を一旦冷凍させたもの)をのせたりしているが、今回は焼いた鮭をほぐしてのせようと思う。
うまそうに焼き上がった
うまそうに焼き上がった
購入した鮭はなかなか脂がのっており、ほぐしても市販の鮭フレークのようにパサパサにはならなかった。
ちょっと高い鮭フレークにはこういうのがあるが、普段買ったことがないので、このしっとり感は期待大だ。
もうこの辺で、この料理はうまくないわけがないな、と確信しはじめている。
ほろほろの鮭フレーク
ほろほろの鮭フレーク

炊きたてのごはんに刻み海苔

鮭をほぐしている間にごはんが炊けた。
せっかくだからと新米を調達してきたのだ。
ごはんだけでもはっきりとうまそうである。
これに鮭とイクラがのるんだからうまくないわけがない。
ごはんですよ
ごはんですよ
鮭とイクラをのせる前に刻み海苔をどっさりとちらす。
この時点でも明確にうまそうだ。
いまそのまま食べてもたぶん大満足だ。
これに鮭とイクラがのるんだからうまくないわけがない。
同じことを二度書いてしまったが、すこしおびえてしまいそうなほどうまそうな気配に満ちている。
刻み海苔キラキラ
刻み海苔キラキラ

鮭をのせますよ

海苔の上に、さきほどほぐした鮭をのせる。
目の前のどんぶりは時間を追って輝きを増していく。
まぶしすぎるからもうほほえまないでおくれ。
僕の胃袋は胃酸を放出しはじめた。
鮭がのってもっとキラキラ
鮭がのってもっとキラキラ

できあがったイクラ

さあ、いよいよイクラの登場だ。
冷蔵庫から出してふたを開けるとまさしく「宝石箱や!」である。
一般的な宝石箱は食えないが、この宝石箱は食える。
宝石なんかよりこのイクラの方が数段上だ。
イクラ醤油漬けが困っちゃうくらいいい匂い
イクラ醤油漬けが困っちゃうくらいいい匂い
たっぷりとすくって
たっぷりとすくって
イクラを僕の良心の許す限りたっぷりとごはんにのせる。
いや、良心なんかにとらわれず、もうひとさじ、いやもっと。
限りなき欲望のむくままに、スプーンは宝石箱とどんぶりの上を往復した。
うひひひ
うひひひ

実の親子丼、完成

さあどうだ、よしきたぞ。
こういう時はどうでもいい言葉を発してしまうものである。
ああこの甘美な瞬間(とき)よ。

こんなにもうまそうな実の親子丼の準備が整ったのだから、これくらいの興奮は許されるだろう。
はーい、はーい、はーい!
はーい、はーい、はーい!
禁断である。
今朝届いた時は一匹の鮭だったのが、ここまで変身した。
おそらく、あの親子の最も美しい姿であろう。
それをこれから僕は食べるのだ。
これが禁断ではなくてなにが禁断といえようか。
この胸の高鳴り、どうしてくれるのだ
この胸の高鳴り、どうしてくれるのだ

箸を持つ手が震える

さて、食おう。
箸を持つ右手が細かく震えている。
昨日からなにも食べていないからだ。
朝食も昼食も抜いて、この神聖な実の親子丼に挑む。
いただきます
いただきます

秋ですね

近ごろ、ひと雨ごとに秋の気配が深まっております。
いつのまにか暑かった夏も終わり、金木犀の香りも高い空さえも、もうすぐ過ぎようとしています。
みなさまいかがお過ごしでしょうか。
ところで、この実の親子丼はたいへんおいしゅうございます。
なんと申しましても、プチプチのイクラが、もうプチプチで、はじけるたびに、いや申し訳ない、ほぐした鮭のまわりにふわっとまとわりついて、これでもかとごはんを引き立てるのです。
ヌッナァー
ヌッナァー

血縁関係は関係ない

実の親子丼、これはもう、口調が変わってしまうほどたいへんにうまいものであるのは間違いないのだが、先ほど述べたように、実の親子でなくてもおそらく成立するうまさだ。
調べていないので何ともいえないが、たとえばタンパク質に含まれるアミノ酸が同じDNAの影響によって…などということはきっとなく、味に血縁関係はおそらく影響しない。
しかしながら、親子丼という言葉を考える上に於いて、本日の実験は非常に重要な意味を持つものだと考えられよう。
でなければ、ただ僕が鮭イクラ丼を食べたくて作った、というだけの記事になってしまうから。
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