作場平口からいよいよ入山
塩山駅を出てキッチリ1時間、車は作場平口に到着した。 「じゃあ、4時にここで待ってるから、がんばってらっしゃい」
帰りも登山口まで迎えに来てもらう約束をしていた。 一応携帯の番号を交換したが山の中で携帯が繋がる可能性は低い。休憩も含め、往復5時間とみて4時の待ち合わせとした。
「遅くなっても待ってるから、慌てずに」 運転手さんは車に戻り下山してしまう。
作場平口から水干まで距離にして5.2Km、高低差は約700メートルほどだ。運転手さんがくれたパンフレットの想定所要時間は2時間。これから本格的な山道を登る事になる。
誰もいない登山口周辺を見渡し、改めて不安を実感するが、ここで弱気になってはいけない。 とにかく多摩川の最初の一滴に辿り着かなくては。 強い使命感だけが僕を後押しする。
山に入るなり「クマ出没注意!」の看板が目に飛び込んでくる。 「あっ!笛忘れた!!」 運転手さんが貸してくれると言っていた笛。借りるのを忘れていた。 携帯電話で運転手さんを呼び戻そうとするが、圏外。 ああ……。
注意書きにはそんな事が書いてあった。 そんな事言われても1人だし、笛ないし……。もうクマと対面しているイメージしか沸いてこない。
誰もいないんだから歌でも歌って、とも思ったがこういう時に歌う適当な歌が思い当たらない。とにかく常に咳払いをしながら進む事にした。エヘン、エヘヘン。 僕はここにいる。
進行方向の右手には木々が鬱蒼と生い茂り、左手からは水の流れる音がしている。落ちない様にそっと覗くと、綺麗な水の流れる沢があった。 この沢の流れもこれから向かう水干から始まっているのだ。 水干への使命感が高まっていく。