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特集


ロマンの木曜日
多摩川の最初の一滴

想像以上の急勾配で疲労困ぱい



運転手さんの言った事はオーバーではなかった。
沢の音を聞きながら山道を行くが、その急勾配は予想以上。10分で息があがってしまった。木々の間からこぼれる日射しもきつく、汗だくになっている。

そして、何がポケットウイスキーだ?
今の時点でポケットウイスキーの代わりに買った缶チューハイは明らかに必要なさそうだ。荷物を重くしているだけで、何度も捨ててしまおうと悩むがグッとこらえる。自然は大切にしないといけないし、ここで運転手さんの好意を踏みにじってはいけない。

1人で山に入る時、あの運転手さんは映画「シャイニング」でいう黒人料理人なのだ。と勝手に思った。
黒人料理人のハロランはホテルで異変が起きている事を察し、雪上車で助けに来てくれるのだ。


巨木が倒れて苔が生えている

歩き始めて20分、1つ目の分岐点がやって来る。
右の一休坂方面は距離は短いが勾配が更にキツクなる。左のヤブ沢ルートは「一般的なルート」と書いてある。距離は長いが勾配が多少ましなのだろう。
僕は迷わずヤブ沢ルートを選択、更に歩を進める。

深い森の中、パキッパキッと小枝が折れる音が僕の足元からしている。それ以外には沢の流れる音と僕の強い呼吸音しかしていない。



「この辺りの集落は昭和の初期まで陸の孤島だったんだよ」
運転手さんが言っていた。
今の国道411号線、僕たちがタクシーで登ってきたその道路が出来たのは第2次世界大戦後の事。それまでは、この辺りの集落から病人が出ると大変だった。戸板の上に病人を乗せ、男4人で担いで山を越え、三富村にある診療所に運んだ。
「一晩以上かかったらしいよ、まったく」

こんな山道を戸板の上に病人を乗せて歩く辛さは並み大抵じゃないだろう。缶チューハイどころの騒ぎじゃない。


歩き始めて1時間、はじめての休憩

2つ目のチェックポイント、ヤブ沢峠に着いたのは歩き始めて1時間後だった。これでちょうど半分来た事になる。
まだ、半分か……。
ここから30分ほどで笠取小屋というポイントがあり、そこから更に30分でようやく水干だ。

先を急ぐ。



足元の枯れ草だけを見て、歩く。

ヤブ沢峠を過ぎた頃から沢の音がしなくなった事に気付く。
歩くのを止めると完全な静寂に包まれてしまう。
携帯電話はもちろん圏外。
あまりの疲労から熊への恐怖も忘れ、咳払いはしていない。



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