フィリピン海に日が沈む

午後5時30分。
サンセットクルーズの船が波止場を出た。

船内に案内され着席すると、僕たちの席の周りにはカップルしかいない。
「フィリピン海っていうんですよ、この海」
これから夕陽が沈む海について、前田君が説明してくれた。
「いやあ、きっと綺麗だろうなあ……」
まだまだ沈む気配のない太陽を見つめている。

しばらくするとギターを抱いた陽気なオジサンが登場し歌い始める。
「サイ、サイ、サイ、サイパン」
サイパンのテーマ曲らしい。

1曲終えると「皆サーン！」とやはり流暢な日本語で自己紹介。
どうやらこのオジサンがこのクルージングの司会進行役らしい。
「サアサア、デッキノ上ニ出テ、歌イマショー、皆サーン」
デッキ上に場所を移し、夕陽が沈むまでの間、彼のワンマンショーが繰り広げられる。
ラインナップは全て日本のポップソングで
「乾杯」「いとしのエリー」と見事に歌い上げ、しかも物真似が似ている。

「すみません、写真撮ってもらえますか？」

あっ、前田君がカップルから写真撮影を頼まれた。
住「あっ、俺が……」
前田「いや、いいっすよ。俺押します」
ハイッ、チーズ。

僕たちの後ろでは関西からのオバチャングループが盛り上がっていて、写真を撮り合っている。
「イチ、ニー、サンセット」
キャッキャッキャッキャッキャッ！

前田君は大丈夫か？
視線を前田君に戻すと、あろう事か、別のカップルからカメラを渡されている。

ハイッ、チーズ。
ギターのオジサンは「TSUNAMI」を歌っている。

とんだクルージングになってしまった……。
僕が止めれば良かったんだ。サンセットクルーズって聞いた時点で、このメローな雰囲気は予想出来たはずだ。

前田「いやあ、晴れて良かったっすよ」
夕陽にカメラを向けた前田君は、何度も何度もシャッターを切っていた。

前田「あれ、おかしいな。ピントが合わないなあ…」

よし、待ってろ。
明日、ロマンスの神様を呼んでみせる。