四ッ谷から市ヶ谷にかけての道ぞいの木々の上で、セミが大合唱をしていた。
「セミって、7年も土の中にいたら、その間に道路が鋪装されちゃったら、どうするんですかね?」 「根性でアスファルトを掘って出てくるのもいるらしいですよ」 「ほんとですか?」 お堀につくと、お堀は日光がよくあたるせいか、見事なまでにま緑になっていた。
「いくらもらったら、お堀に潜れます?」 「20万とか?」 「わたし、3万でもいけるかも」 「でも、こないだお笑い芸人が、お堀に落ちて下痢したって言ってましたよ」 「げげ、それはいやだなあ」 市ヶ谷から飯田橋までの歩道はまっすぐ続く。ずっとずっと、お堀は変わらず汚い緑だった。
電車の中からみると、気持ちよさそうに見える川ぞいのレストランも、近くで見ると意外としょぼかった。お客さんたちは、コーラとビールばかり飲んでいた。
「あ、ここ、『飯田橋』なんですよ!」
飯田橋駅の由来の橋、飯田橋に到着した。駅の真ん前の、小さな小さな橋だ。下を覗き込むと、深緑のヘドロの中に、自転車重なっていた。
飯田橋は、印刷会社の多い町だ。私がかつて出版社につとめていた時、泣きながら通ったところの前も通った。仕事でよくしてくれた人たちは元気だろうか。 会社というのは不思議な組織なので、どんなに毎日逢って、冗談なんかを言い合ってた相手でも、辞めてしまえば、一生逢わないことだってある。
飯田橋の道ばたに、へんなものを見つけた。
印刷したてで折ってないタバコの箱、馬券、マークシート、謎の赤い文字のメモ。 「なんだろう、これ?」 「なんだろうねえ?」 見てはいけないものを見てしまった気がして、私たちはメモをそっと元に戻した。