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はっけんの水曜日
 
おしえて、おじいさん

■取材方法を顧みることにした

 いきなり話を!といってもそりゃダメだ。これまでは会話すらまともに成立していない。まずは会話だ。会話の成立を目指すことにした。それに粘りも足らないだろう。断られたって粘れば話をしてくれるかも知れない。会話成立と粘りを念頭に取材を続けた。


「こんにちは、ライターの松本と申します。これまで生きてきた中で思い出深かった事などあったら教えていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」

「いやぁ、話すほどの事はないよ。」

「いえ、なんでも結構です。お願いします!最近の日本について思うこととか、雑談で構いません。ところで今日は散歩ですか?」

「ああ、そう、散歩ですよ。歩くのは健康に良いよね。大体毎日歩いてるよ。赤羽に住んでるんだけどね日暮里までバスで来て、そこから谷中、上野と歩くのがいつものコースなんだよ。バスはタダで乗れるんだ。」

あ、会話が成立した。あとの展開はスムーズだった。


以降、写真はイメージ写真中心になります(撮影NGだったので)。

 

■健康の秘訣は不良でいること

「最近は欲なんて全然ないんだよな。酒も飲まないしタバコも吸わない。望みは長生きする事だけ。最近の日本?平和でいいんじゃないの?もうさ、この年になるとあんまり言いたいことも無いなぁ。」

「お若く見えますが、失礼ですがおいくつですか?」

「72になったよ。孫が6人いてみんなもう大きいよ。上が26歳。下でも中学生だからね。もう寄りつきゃしないよ(笑)。正月に会って小遣いやる程度だな。」

 そう言ってAさん(匿名)は笑った。笑うと目尻のシワが深くなる。福々しい良い笑顔だと思った。それに72歳には見えない肌つやだ。

「72歳には全然見えないんですが、なにか気をつけている事などありますか?」

「そうだなぁ、不良でいることかな。年寄りってみんな早く寝て早く起きるでしょう?俺は違うんだな。TVを見ながら夜更かしして朝になることもあるよ。だから朝は苦手。好き勝手に生きてるからストレスがないんじゃないかな。」

「不良ですか!」

「そうだよ、俺は不良老人だよ。食べ物も好きに食べてるよ。もう先も長くないのに我慢したってしゃーないでしょう。医者は節制しろ、体重を減らせって言うけど美味い物も食わずに死にたくないやな。おかげで太ったんだけどしょうがないよ。和食はよく食べるけど野菜はいまいち好きじゃない。野菜なんて美味くないよ。」

 

上野の寛永寺にいた猫。

 

■年を取って味覚が変わった

「そうですね、野菜ってそんなに沢山は食べられませんよね。では、ここ数年で自分の中で変わったことはありますか?」

「そうだなー。食べ物の好みが変わりましたよ。脂っぽい物は食べなくなったし、甘い物が好きになった。」

「へぇー、甘い物が。」

「昔は甘い物なんて食べなかったんだけど、最近まんじゅうとか好きだよ。なんだろうね。酒は昔から飲まなくて、タバコもやめた。それから左目を悪くして物が二重に見えるんだよな(笑)。」

「二重にって。笑いながら重いこと言いますね。」

「バイクで事故やって。二重に見えるんだよなー。」

「え、バイクに乗られるんですか?」

 

■バイク事故にあった

「車は乗らないんだけどバイクは乗るんだよ。それで転んじゃって。骨とかは大丈夫だったんだけどメガネの鼻当てが目に食い込んじゃって。」

「手術するか聞かれたんだけど大がかりそうだからやめた。まぁ、アレだよ。目が片方くらい二重に見えたって大した問題じゃないよ(笑)。見えない人だっているんだから。」

「大らかですね・・・。それにしてもバイクに乗ったり毎日散歩したり、活動的ですね。」

「そりゃあ不良だから(笑)。家にずっといて孤独死とか嫌でしょ。最近多いじゃない、そういうの。出来るだけ外に出るのが良いんだよ。それに人がいて賑やかな場所は楽しいよね。パチンコ屋とか上野公園とかさ。動物園も楽しいよ。動物が好きで、テレビも動物番組が好きなんだよ。」

「あ、僕も動物番組好きです。「生き物地球紀行」とか面白いですよね。最近だとプラネットアースも良かったですよね。」

「そうそう、おたくも好きなんだなぁ。あとチャンバラとかK-1、拳闘も夢中で見るなぁ。」

 僕もK-1と動物番組が好きだ。特に生き物の番組が好きなのでその後は動物の話で盛り上がった。楽しい。上野動物園の目の前でプラネットアースの話を出来るとは思わなかった。

「じゃあ、そろそろ動物園抜けて家に帰るわ。」


Aさんは颯爽と動物園のゲートに消えていった。

 

■Aさんにもらった勇気を糧に取材続行

 Aさんはゆっくりと立ち上がり、上野動物園に向かった。なんでも、無料で入れるのだという。僕は慌てて、「あ、写真よろしいですか?」と聞くと「写真は勘弁してくれ」と笑いながら動物園のゲートをくぐっていった。

 Aさんは年齢に似合わない若さだった。散歩と、気ままを自称する生活が良いのだろう。物が二重に見えても気にしない大らかさも凄い。まさに達観だ。僕は30分ほどの会話の中ですっかりAさんが好きになってしまった。

よし、もうちょっと頑張るぞ。


 

 
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