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特集


ちしきの金曜日
 
ただ沼だけを見つめていたい

●他に言葉はいらないバス停

 沼で押してくるバス停は「沼入口」だけではない。もっとシンプルに沼で攻めてくる停留所もあるのだ。


沼としか書いてない

 「沼」という名のバス停。極限まで虚飾を廃し、沼という響きだけをひたすら大切にした停留所である。


これがその沼か?

 そういうわけで、やってきたのは神奈川県津久井町。いきなり沼の写真かと思う方もいらっしゃるかもしれないが、冷静に見ていただきたい。ここまでご覧いただいた方には、これが沼ではなく湖だとわかるはずだ。

 どうでしょうか。沼っぽさに欠けますよね。これは町内にある津久井湖という湖。そこから地図を頼りに「沼」を目指す。


沼!

沼だよ!


 もう、はっきりと沼。それしか書いてない。言い訳できない沼っぷりだ。ここまでコアにやってくれると、そのいさぎよさが気持ちいい。


ん?

うーん…


 しかし、どうも沼本体が見当たらない。うーん、どうなんだろう。地元の方とおぼしき人に聞いてみた。

「すいません、ここ、沼っていうバス停だと思うんですが、やっぱり近くに沼があるんでしょうか?」
「……? 沼って、あの、水がたまってる沼?」
「そうです、その沼です。」
「いやー、ないねえ。」

 「そんなのあるわけないじゃん」といった感じの軽いジェスチャーつきでそう言われてしまった。「そんなのおかしいじゃないですか!」と詰め寄りそうになるのをこらえ、お礼を言う。

 あきらめきれない。また別の人に尋ねてみる。


「すいません、ここ、沼っていうバス停だと思うんですが、やっぱり近くに沼があるんですよね?」
「うーん、そうだねえ、昔はあっちのところに水がたまってるところがあってね。」
「ってことは、沼があったんですね!」
「沼というか…。堀、だな。」

 堀…。それは私が求めてるものじゃない。この歯切れの悪さはなんだろう。どうして沼って言ってくれないんだ。


それっぽさはあるのだが


 浮かない顔でメモを取りながらカメラを手にしていると、また別の方が声をかけてきてくれた。この人にも聞いてみよう。


「すいません、ここ、沼っていうバス停だと思うんですが、やっぱり近くに沼があるわけですよね?」
「ああ、そういえば昔はそんな感じだったらしいね。」
「やっぱり、沼があったんですね!」
「うん。まあ、沢だな。」

 ……今度は沢か。その巧みなバリエーションはなんなんだ。沼って認めたくないのだろうか。

 その堀というか沢というか沼、周辺の開発と同時に姿を消したらしい。町を便利にするのか沼を残すのかという選択肢があるとき、やはり沼は消え行く運命にあるのだと思う。


ないってさ、沼


 今はただバス停にその名を残しているだけの沼。しかしそれにがっかりする必要はない。目を閉じて昔を思えば、心の中に沼はある。沼なきところに沼を見てこそ真の沼ファンだ。

やっぱり沼はいいね

●悲喜こもごもの沼めぐり

 時に裏切られながらも、一心に沼をめぐった今回の試み。

 バス停では両方とも現実の沼を見られなかった。地図でもバス停付近に沼らしきものが見当たらなかったので、最悪の事態は想定していたのだが、やはり現実は厳しい。

 それでも心に描く沼。もちろん、旅の中で出会ったたくさんのリアル沼がどれもすばらしかったことは言うまでもない。

 今までなんとなく「沼っていいな」と思っていただけの自分だったが、意識的にまわってみて沼への思いを新たにした。そういう収穫だかなんだかわからない思いを胸に、沼をあとにしたい。



 

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