川崎側の河川敷に残った女性スタッフ2名に向かって、橋の上から糸を降ろす。 「ゆっくり降ろすから!」 「はいっ!」 大きな声で安全を確認しながら糸巻きをゆっくりと回す。シュルシュル、シュルシュル。
「受け取りましたー!」 女性スタッフが叫ぶ。
「よーし、じゃあ歩くぞ!」
橋の端を糸を伸ばしながら歩いていく。 この時、糸が緩まない様に最新の注意を払わなくてはならない。緩んでしまえば、風に煽られて糸が絡まり、取り返しのつかない事になる。
糸の状態を気にしながら慎重に歩を進める。
前田「石塚は今週納品の仕事がたまっているそうです」 スミ「そうか」 川崎側に残した石塚は徹夜明けらしい。
前田「あそこで糸を持たせていて、大丈夫でしょうか?」 スミ「……」
前田「我々は正しい方向に向かっていますか?」 スミ「それは俺にも分らない」 前田「もう後戻りは出来ないですよ」 スミ「うん。今は糸の張りだけを考えてとにかく進もう」
歩き始めて数分で東京側に着いた。 僕が先に河原に降りる。 橋の上の前田から糸巻きを投げてもらい、無事に僕の手に糸がわたった。
「ここで緩んだら今までの苦労が台無しですよ」
橋の上から前田が叫ぶ。
「分かってる!」
叫び返して前田が降りて来るのを待つが、水糸が手に食い込み痛い。75メートル分の水糸が風を受けて物凄い力で振動している。川を越えた水糸は凶器となって僕に襲いかかる。
体に糸を巻きつけ糸の重さに耐えていると、僕の携帯が鳴り川崎側の女性スタッフの悲鳴が聞こえた。 「ゴムが切れそうです」
スミ「よし、ゴムは諦めよう!竿に直接結べ!!」 僕の指示を受けた女性スタッフが糸を竿に結び直す。