とにかく、南無大聖不動明王(ナムダイショウフドウミョウオウ)
まずは林さんが入水する。 入水する時は体の右側から滝に入り、石の上に腰掛けて足を組み、両手で印を結ぶ。 戸田さんが目の前に立ちお経を唱えてくれている間、滝を浴びる者は大きな声で 「南無大聖不動明王(ナムダイショウフドウミョウオウ)」 と繰り返す。
林さんは声を張り、「南無大聖不動明王(ナムダイショウフドウミョウオウ)」と繰り返している。 あんなに声を張った林さんを見るのは初めてだ。
時間にして1分強、林さんの水行は終わった。 興奮しているからか、入水前に寒さでガタガタ震えていたのが嘘の様に溌溂としている。
そして僕の番がやって来る。 林さんがやっている間、ずっと印の練習を繰り返したし、「南無大聖不動明王(ナムダイショウフドウミョウオウ)」を何度も心の中でシャウトした。
戸田さんに導かれ滝の中へ。 想像以上の水流が肩にかかる。寒いというより痛い、それより何より息苦しい。心臓麻痺で倒れる、絶対倒れる、もうやめよう。勘弁してもらおう。
ギブアップ、って思って前を見ると戸田さんが凄い形相でこちらを見ている。
「不動明王が恐い顔をしているのは親が子を叱る行為に似ています」
本堂に祀られた不動明王について戸田さんはそう説明していた。人々の心に宿る怠慢やごまかし、そんなずるい心に対する戒めとして不動明王は恐い顔で私たちを見守るのです。
ああ、やめるなんて言えない。 仕方ない。とにかく大声で「南無大聖不動明王(ナムダイショウフドウミョウオウ)」を繰り返す。林さんに負けないくらい声を張った。
滝からあがると不思議と寒さは感じなかった。
僕たちに何か劇的な変化は訪れたのだろうか? 空を見上げると晴れ間が広がっていた。