トイレの紙がない場合、幼少のころは母さんを呼べばよかった。 「母さーん、紙ないよ。」
ところがひとり暮らしの場合、母さんを呼んでみても埒があかない。 なぜなら母さんは、ここにいないからだ。
母とはなんと偉大なことか。
しかし、母の偉大さをここで再確認してみても、トイレの紙がないという問題は解決の兆しを見せないので、今までの人生経験を踏まえて解決の糸口を探ろうではないか。 僕はそのくらい大人なはずである。
そう、僕はれっきとした大人なので、いろいろな経験を積んでいる。 人並みに、様々な場面で自分なりに判断し、行動してきているのだ。 それが大人というものだ。
そんな僕が近ごろ思うのは、人間あきらめが肝心だ、ということである。 大体のことは、あきらめてしまえば何とかなる。 好きな女の子に気持ちが伝わらなくったって、行きたい学校に受からなくったって、それをあきらめてしまえば問題は解決するのだ。
なので、トイレの紙がないことも、あきらめてしまえばよいのだ。 キレイさっぱりあきらめることによって、また新しい光が見えてくるのである。
これは本当なんだぜ。 ( 2007/01/06 00:00:00 )
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