迫力十分! 「おおざわの石仏の森」
やって来たのは「おおざわの石仏の森」だ。いきなりの凄い数の石像におののいてしまう。当たり前だが彼らは全く動かずただ一点を見つめている。それがこれだけの数だから異様な雰囲気なのだ。近所のスーパーに行ったら棚に並ぶ全ての商品がマロニーで、店員に「春雨はどこですか?」と聞くくらいの異様な雰囲気だ(分かりにくかったら大丈夫です)。
八百羅漢
この石像は八百羅漢というものだ。羅漢とは仏教中の道徳果位であり、地位は仏陀と菩薩の下に当たるらしい。それが800体あるから八百羅漢と言うわけだ。
一体一体顔もポーズも違うので見ていて楽しい。ここには全部で570体の石像があり、そのうち500体が羅漢となっている。残りの70体は如来や菩薩、創設者の石像などだ。羅漢の残りは「石像の里」にある。
これだけの石像が置かれているけれど、宗教的な施設ではない。ただ置いてあるだけなのだ。サイズは台座を入れれば180センチ程あり、僕の予想をはるかに超える迫力を放っていた。
石像と一緒に写真を撮っていて気が付いたのだけれど、僕の着ている服が石像に近い。なんでもっと派手な色のシャツをチョイスしなかったのだろうと後悔した。
人気のない石像だけの場所に石像に近い色の僕。もはや石像しかココにはいないのでないだろうかと思いながら、セミの声を聞いた。うるさいくらいに鳴いている。
むしろ石像は僕なのか
本当に人気がなく、ただセミの鳴き声だけが聞こえるこの空間は、うだるほどの暑さも手伝って本当に幻のように思えた。でも、これだけの数の石像は幻ではない。本当にあるのだ。並んで写真を撮ったりもした。
この写真を撮ってあることに気が付いた。デジカメに顔認識機能があるのだけど、それが僕の顔を顔として認識しないのだ。幻は実は僕の方だったのかと思った。実は僕は人間ではないのだ!
負けた。デジカメは石像の顔を顔として認識し、僕の顔は顔として認識しない。むしろ僕だろう、と夏空の下で腰から崩れ落ちそうになった。
こんな僕の顔だけれど、「カッコいい」と言ってくれた人もいたのだ(母が)。それなのに石像に負けた。それだけ石像がリアルと言うことだろうか。