「最近、近所のショッピングモールに、焼きイモ屋が出来たんですよ」 「へえ。焼きイモ流行ってるし、いいですね……」 「でもね、そこ、客が全然いないんですよ」 「なんで?」 「あのう、そこの商店街、地下にあってですね、すごく暖かいんですよ」 「うん……」 「なので、隣のソフトクリーム屋は繁盛してるのに、焼きイモはさっぱり売れないんです」 「へえ……」 「すっげえ寒いところに店を出したら焼きイモ売れたのに………」 「そうね……」 「で、時々思うんですけど、寒い場所での焼きイモとか、海水浴のときに食べるラーメンとか、食事ってシチュエーションに、もんのすごい左右されますよね」 「そうねえ……」 「こう、寒い屋外で、なにか焼いて食べるのって、すごく楽しいですね」 「そうね……」
焼けたトリをかじりながら、私は考えていた。
なぜ実家のビール鍋の味が思い出せないんだろう。 うちの父がちゃぶ台をひっくり返すタイプのアングリーおやじだったせいだろうか。 「鍋=楽しい」という発想が持てなかったせいだろうか。
いや、父は家族のウケを狙って、変な鍋を開発したのかもしれない。「鍋=楽しい」を伝えたかったのかもしれない。
「何にしろ、今となっては分からないことばっかしなので、要するに今自分が、楽しく食事することを模索すべきなんだわ………」 そう考えながら、『まる』をすすった。
あなたにも、「え、面白くないよ、こんなメニュー」っていう秘密のレシピがありませんか。昔の記憶と濃厚に結びついてる味が。 あったらこっそり教えてくださいね。