ぼう、と、やしの木の影に、光が幾つも見えた。
ホタルだ。
小さいおっちゃんは、ホタルをいくつもとって、私のレインコートの、手首の内側に入れた。私の服の中で、ホタルが光る。
20分くらいの、ツアーとも言えないツアーを終え、レストランのような場所に連れていかれた。そこにはタンさんが待っていた。
小さいおっちゃんが、
「もう、夜、雨であぶないから、ここにあるホテルに泊まっていけ。朝焼けの美しいメコンデルタも見れるぞ」と言った。
「……嫌です、ホーチミンに帰りたい」
「いや、あぶないから、泊まっていけ」
「いや、ホーチミンに帰りたい」
「あぶないから、泊まっていけ」
「いや、帰りたい」
沈黙。
カニもエビも飲み物も出てこない。
もちろんタオルもホットコーヒーも出てこない。
というか、ここは中洲の町だ、自力で帰る方法が分からない。
異国での不安。
自分の危機管理能力の無さ。
臨界点突破。
「うっ………えっえっえっ」
涙が出て来た。
……サーッとひいていく、ベトナム人ふたり。
「天気が悪かったのはあなたたちのせいじゃない。でも、私はこわい。私は病気を持っている。私は睡眠薬がないと眠れない体質で、薬はホーチミンのホテルに置いてある。ここで泊まったら、不安で不安でたまらない、帰してくれ。エッエッエッ」
涙はぼたぼた、音をたてて出た。
……一度涙が出てしまうと、周りの様子がうかがえるようになった。「あ、ひょっとしてもしかして、これイケる? もっと泣いたれ……」
「分かった。責任持って、ホーチミンまで返すから、泣くな」
と、タンさんが言った。
冷えて死にそうな身体を、ホテルのお風呂であっためた。
あのままいたら、どうなっていたんだろう。頭の中に、強盗とか強姦とか、ぶっそうな言葉も浮かんでくるのだが、別に泊まっても大丈夫そうだったし、そのほうがメコンデルタを楽しめたんじゃ……とも思えた。ハッキリ分かったのは「日本の常識は通じねえ」ということだけだった。
あと「泣いたらなんとかなった」という事実に、心底、自分の人生のダメさ加減を自覚した。
私は……上客じゃなかった。めんどくさかっただろう。たいしてぼれず、しかも大雨の中往復4時間運転。
タンさんは、今日も元気に「間違いない」って言っているんだろうか。
ちなみに翌日、オーダーメイドしたハンコを取りに行ったら、