熱い。そしてデンプンでできたやわらかいカタマリを、くにょくにょと噛む。甘いソースがからむ。感触はまさに「皮だけのシュウマイ」だ。昔と変わってない。
香りや食後の感じはまさにシュウマイである。そしてたまねぎの風味。しかし、「私が中身、私が主役です」という存在がない、いやあっても姿が見えないため、淡白な味わいだ。
どちらかといえば、オヤツ的な楽しみのある食べ物だと思う。しかし、淡白なだけにあとをひく。つい手が出る。腹にたまるはずなのに、気づくと何個でもほおばっている。実に不思議な食べ物だ。
コロリンの向こう側には
さっき、1日で3500個と書いた。それを蒸すだけでなく材料の仕込み、練ったり成型したり、他のフライ物の仕込みなども含めると、午前2時に起きなければ準備できないという。
「毎日、原料のじゃがいもをふかすのに1時間、それをむくのに1時間でしょ。しかもシュウマイとコロッケやイモフライ(コロッケとイモフライは別物)では、じゃがいもを使い分けるから、大変なのよー!」と奥さん。
その横で黙々とシュウマイをあおぐ主人。
火曜から日曜の6日間、1日2回、11時と16時半に移動販売するのだそうで、合間に仮眠を取りつつ、しかしお店にお客が来れば応対して、ということだそうである。
それで26年営業してきたのだから、頭が下がる。「コロリンシュウマイ」という牧歌的な雰囲気の裏では、日々のそういった膨大なことの積み重ねがあるのだなあと、何か感慨深い私だ。
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