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ふうてんの研ぎ師
職人手はかっこいい。休業7日目にはきれいさっぱりになる

料理の前には、包丁を研いでいる。
ほぼ毎日と言っていい。

景品かなにかでもらったショボい包丁研ぎ器でだ。

たまに友人が我が家の包丁を使うと、切れすぎて悲鳴をあげたりする。
あの悲鳴を聞くために、毎日包丁を研いでいると言ってもいい。

そうだ、近所の商店街に、たまに出店の研ぎ師さんがやってくる。
職人の技で、今度は友人に絶叫してもらいたいと思った。

というのは半分ウソで、私はあの、たまにふらりとやってくる研ぎ師の技をしっかりと拝見してみたかったのでした。
そしてできれば、じっくりお話をうかがいたかったのです。

(text by 土屋 遊

職種はちがえど、私の父も祖父も、職人です。弟も父の家業を継ぎました。
だからというわけではありませんが、どうやら私は職人が好きなのです。だいすきです。

本日の主役、二階堂さん。

「ふうてんの寅さん(映画・男はつらいよ)が好きでねー」

と、しょっぱなから意気投合しました。
その腕ひとつで、刃物を研ぎ続けて31年の超ベテランの研ぎ師職人です。

マスコミの取材なども多数受けているせいか、それとも天性の勘の良さか、私が質問を投げかけるまえに聞きたかったことを次々に話してくださいます。
あまりにも楽しかったために私はその後の予定をすっぽかしてしまうこととなりました。
毎日最低二回は通っている商店街。4時間も立っていたのは自己新記録です。


英語教師だった奥さまも寅さんのファン

 

研ぎ師は電動自転車でやってくる

私の住んでいる街"笹塚"で、たまに見かける二階堂さんですが、気まぐれにやってきているわけではありませんでした。
出店日は毎月21日〜25日まで。
21日が「仏滅」の場合は翌日からスタート、そして雨天休業というところもまた職人らしさに満ちています。

ご自宅の三鷹から笹塚までおよそ40分の道のり。
愛車の電動自転車は、奥さまと娘さんからプレゼントされたそうです。

「まあうれしかったけどさあ、まだまだ働けってわけでしょ?やめらんなくなっちゃったじゃねえか、なあ?」

元気の秘訣はこんなところもありました。
「病院には一度も行ったことない」
「赤チンと正露丸以外、薬の世話にもなったことない」
と豪語する二階堂さん、現在66才。

初日の朝は、フトコロに刃物を抱えた常連さんたちが待ちかねています。
ちょうど同じ時間帯、私は商店街のカーブを自転車立ちこぎで爆走していますから、今後はぶつかってスッ転ばしたりしないように細心の注意を払って通過するつもりです。

 

お話中もほとんど手を休めない二階堂さん

 

研ぎ師 二階堂さんの一ヶ月

1〜6日 下高井戸
7〜11日 仙川
11〜20日 OFF 手がきれいになる17,18日は餃子を作る
21〜25日 笹塚(十号商店街)
26〜末日 国立(大学通り)

その間、高島平と高円寺に出向くことあり雨天休業

 

包丁のおかげで和食上達6kgやせた!?
会話も職人芸です

研磨だけじゃない職人技は百人一首で培われた?

取材日は午後からご一緒させていただきました。
その間もお客さんはつぎつぎにやってきます。
番号札も渡しません。
お名前も聞きません。
お客さんの顔と包丁を一目見て、一瞬のうちにインプットしているようです。
なるほど、「百人一首」の達人だとおっしゃるのもうなずける瞬間でした。

慣れたようすでかるく挨拶をかわして

「じゃあ、あとでくるから、おねがいね」

と包丁を託していきます。親子代々の方も多いようでした。
姑から嫁へ、母から娘へ……
一本の包丁を受け継いでいけるのも、二階堂さんの腕がなければ不可能だったと思わせる商店街のヒトコマ。

ほんの数分のやりとりに、どっしりと重い30年の歴史を感じます。

 

お客さんはみんな親戚のようなもの
「それ、大丈夫かしら……」「まかせときな」

 

「今のお客さんなんかさ、家も名前も電話も知らない親戚みたいなもんだから」

私の家族一同、損をしていたような気分です。

 

 

次々に変わる砥石の配置

持参した包丁も、もちろん研いでもらいました。

今の切れ味、修復不可能か否か、すべて見きわめ5種類の砥石を使いわけます。
場合によっては一日預かり、帰宅後に自宅(兼店舗兼工場)の研磨所で仕上げます。

依頼者もさまざま。カンナやノミを預ける大工さんや、剪定バサミを持ってくる植木職人の方も多いとのことです。

 

新品の頃よりいい切れ味に!?
パフォーマンス?切れ味試し

 

職人、職人を語る

他業種の方にもあつい信頼をおかれる二階堂さん、そんな彼もひとりだけ、「本物の師匠」だという人がいるとのこと、遠い昔のそのお話をうかがうことができました。

一日目 ひとりの初老の男性がやってきてしばらく二階堂さんの仕事を見ていた。
二日目 誘われて喫茶店でコーヒーを飲んでいる間に「お兄ちゃん、ハサミ磨げるの?」と聞かれ、正直に「今はダメ。師匠を探している」と話す
三日目 「よく見ろ一回だけだぞ」と、男性はハサミを磨ぎはじめる。

「もうーおどろいた。食い入るように見たよ」

実は当時、ハサミ研磨の腕をあげたい一心で、仕事のあとに日々鍛錬していた二階堂さん。
満足のいく仕上がりにはならず、"一人では限界がある"と師匠を探していた矢先のできごとでした。
ハサミ研ぎ師だったその男性は、そのあと一度も姿を現さなかったそうです。
場所は、高島平。

「もう一度だけでいいから会いたいんだよ。それっきりなんだから。だから、遠いけど、月に一回はかならず行くようにしてんだ」

『さすが職人だと思った』と話す二階堂さんは、どこからどうみても職人の顔をしていました。


刃の欠けたハサミも……
カット・研磨・調整、新品同様に生まれ変わります

 

お弟子さんの条件

お弟子さんについてうかがってみました。
"弟子にして下さい"
という若者は後を立たないそうですが、いっさい受け付けていないそうです。
容姿端麗!身体検査あり!つまりめんどう!とふざけている二階堂さんの顔が急にまじめになった瞬間があります。

いきなり「都知事に直訴したいんだ」と二階堂さん。
職がなくて新宿の公園を住まいにしている住所不定の方々になら教えてもいい、あの方々にこそ教えたいんだとおっしゃっていた時でした。

「あいつらになら、研ぎ方も商売のノウハウすべても教えたっていいんだ。腕さえあればいい仕事でしょ、ぜったい向いてると思うんだよ」

人々がせわしなく行き交う中で、どっしりと腰をおろして眺める世界。
たくさんのモノや人の、色んなことが見えてくるのかもしれません。
楽しいことばかりじゃなくて、いやなこと、腹立たしいこと、矛盾していること。
二階堂さんのトイレタイムにお留守番をしていたとき、こっそりとあの席に腰をおろしてあたりを見渡してみました。


絵にならない主不在のスペース
うーん……

 

いつもの商店街でした。
ほんの数分で、なにか見えるかな?と思った私がおおまちがいでした。

「31年間、無遅刻無欠勤だよ、雨の日は行かねえけどな」

 

 

研磨・補修基本価格

通常包丁  800円
出刃包丁・刺身包丁  1000円
研磨&「え」(持つ所)交換  1200円
ハサミ研磨&調整  1500円

ちなみに、私が取材した日の売り上げは約30,000円でした。

 

 

 

「すごくいい人生だよ、まったく最高」

切って切って斬りまくりたい切れ味

私の母も毎日包丁を研いでいます。

小学校の頃、ちくわとカマボコをまちがえて買ってきた私に母は、磨きぬいたその包丁を振りかざしたことがありました。あの恐怖が脳裏によぎり、今回、母の包丁は持っていきませんでした。

しかし、この切れ味を実感したらやはり母にもみなさんにもぜひ試してもらいたい心境に変化しました。
切って切って斬りまくっていただきたい。

スケルトン!料理上手の秘訣は切れ味だ

来月は友人らの包丁も預かるつもりです。
銃刀法違反でつかまらないように、
そして、ちくわとカマボコをまちがえて買わないように気をつけたいと思います。


 

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