映画館で洋画を観る時に、必ず付いているセリフの字幕。あの字幕の文字(以下、シネマ文字)って、職人さんが手書きしているのをご存じでしょうか。
(八二一)
シネマ文字ってこんなの
「月刊ジェイ・ノベル」(実業之日本社)の巻頭で2年と2ヶ月、枡野浩一さんの短歌を字幕のように写真に入れるという映画風の連載をしていたおかげで、すっかり字幕通になってしまいました
これが連載時の写真と短歌の字幕(上の句)です。写真と文字は、映画のスクリーンと同じ比率になっています。イメージよりも、意外と文字が大きいと思いませんか。
シネマ文字の特徴
実際の映画のスクリーンの白抜きの文字は、シネマ文字原稿から作った凸版を映画フィルムに押し当てて、フィルム面に傷をつけて作ります。そのため、凸版を剥がす際に、膜面に空気が入りやすいように文字に隙間がつくられているのです。
漢字のはしばしに隙間が空いているのをご確認ください。
上記の連載「もう頬づえをついてもいいですか?」は8月に単行本化され、9月6日から20日まで原宿のギャラリー・ロードで出版記念展を行っていました。
その展覧会の会場で、現役シネマ文字ライターの渋谷展子さんが、お客さんの注文に応じてシネマ文字を書くというパフォーマンスを行っていたので、その様子をお伝えしたいと思います。
仕事人の道具
左から、
ボトル入りのロットリングインキ このサイズは、なかなか売っていない大容量。
手作り烏口(からすぐち)のペン 製図用の烏口という真っ直ぐに線を引くためのペンの平らな先端を丸く削ったもの。太い文字用、細い文字用と、削るのは自分のさじ加減。
インク壺 これは、映画のフィルムを巻き付ける芯を再利用しているもので、師匠譲りだそうです。なんか渋い。
デザインカッター 少しのはみ出しなどは、これで削ると消えるのです。
文鎮と原稿用紙 シネマ文字の原稿用紙は、重ねた方が高さが出るので書きやすいとのこと。
いよいよ文字を書き始めます
映画用の本物の原稿用紙と道具を使うところがポイントです。シネマ文字を実際に書くところは私も初めて見ます。
まずは、ロットリング用のインクをインク壺に注ぎます。
通常の烏口は、一方向にしか線が引けませんが、先を丸く削ってあるので、上下左右、自由に動かして文字が書けます。
ペンは、用紙に対して常に垂直に動かします。ちなみに、映画のスクリーンでは文字は白抜きになっていますが、これは原稿なので文字は黒いです。
一体、どんな風に文字を書くのかと思いましたが、思っていたよりも早く進んで行きます。ゆっくりと文字を書く、というぐらいのスピード。
シネマ文字は、左側の行から書き始めます。右側から書き始めると、インクが擦れて汚れるからです。
特殊な書体だからといって、作り込んだり、書き込んだりというのではなく、渋谷さんの手で書く文字が、そのままシネマ文字となって生み出されていきます。
シネマ文字を注文したのは、新鋭歌人の加藤千恵さん。
12345678910
10数えてもあなたが好きだ
という素敵なフレーズは、57577の短歌となっているのです。
シネマ文字を書くための専用の道具というものはなく、むしろ自ら工夫を凝らした手作りの道具を使ったりと、職人の仕事、という感じがしました。
こちらは、本のタイトルを書いていただいたシネマ文字原稿。
1本の映画につき、およそ1000枚ぐらいの原稿を書くそうです。しかし近年は、簡単に変換できる字幕フォントに取って替わり、手書きのシネマ文字の需要が著しく減ってきているとのこと。
映画ファンとしては、ぜひ、味わい深い手書きの字幕で映画を見たいものです。映画会社は、時間とコストを掛けてでもなんとか字幕にこだわり続けてほしいと願っています。
枡野浩一、渋谷展子、八二一がコラボレートした映画コラム集をよろしくです。 「もう頬づえをついてもいいですか?」(実業之日本社)
渋谷展子さんのシネマ文字講座もあります。 池袋コミュニティカレッジ「シネマ文字を書こう」