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コネタ142
 
不謹慎を許して、美味「病院カレー」

(text by 大塚 幸代

ちょっと暗い話で申し訳ないのですが……7、8年ほど前、父が長期入院していた時、私はほとんど見舞いに行きませんでした。
家族が病気という状態は、それだけで大変ヘコみます。もちろん病気である本人がいちばん辛いのですが、周囲の人間も、日常を過ごしているだけで、ヒットポイントがめりめりっと減るのです。

病院にいくたび、ドッと疲れるのが嫌でした。

ある時、めずらしく見舞いに行って、父に配膳された「病院食」を見て、そのメニューに驚愕。
ごはん、おかずに、チーズケーキとヤクルト。
……そんな滅茶苦茶な組み合わせあるかあああああああああああ! チーズケーキとヤクルトって、ありえなーい! あ・り・え・なーい! 栄養士さんがちゃんと計算してる食事なんだろうけど、でもそんなマニアックな食い合わせ、普通の人はしな〜い! ウキー! と思いましたが、その時はもう、父は自分が何を食べているのか分からない程の病状だったので、文句は言いませんでした。母も黙って、父の口にチーズケーキとヤクルトを突っ込んでおりました。

父はそんな病院食を食べ続け、そのうちに病院で他界、私は自分の親不孝を深く反省したのですが……あの「チーズケーキとヤクルト」以来、病院のゴハン=最悪、というイメージのままだったのです。

で、つい先日。
ゲッツ板谷さんの著書『戦力外ポーク』(すごく面白いです、お勧めです)に「死に床グルメ」というエッセイがあって、そこに、

立川の病院に家族が入院していて、見舞いに行った時、サ店で食べたカレーピラフが激ウマだった
それ以来、見舞いに行くたびにそのサ店を利用。カレーピラフの他に、ナポリタンも激ウマということを発見
家族が退院した以降も、用事がないのに病院に通うようになってしまった
かかりつけの病院なので、自分の死もそこで迎えるかもしれないのに、そんな所に通っていいんだろうか

ということが書いてあったのです。

死に床、グルメ。
病院の、美味しいごはん。
……た、食べてみたい。

タブーの魅力に負けて、私は中央線に乗り、立川に向かいました。




立川、初めてです。駅ビルも立派で、ルミネ、伊勢丹、高島屋、丸井なんかもあって……やたらキレイな駅前でした。
地図を確認して、徒歩で「東京災害医療センター 立川病院」に向かいます。

……駅から5分ほど歩くと、駅前の繁栄が嘘のように、自然がばーっと広がっていました。
ああこの空の広さと、微妙に殺伐とした感じと、のんびりした感じのブレンドは、基地のある町の雰囲気だ、と思いながら、国営昭和記念公園の横を通り抜けると、でっかい病院が見えてきました。




比較的新しい建物の、大きな病院です。

受け付けロビーに入り、店のある9階まで、エレベーターで昇ります。車椅子の人や点滴の人と同乗。
「ああ、病気の人の匂いがするなあ……父もこういう匂いがしたなあ」「こんな場所で、食べ歩きなんかしていいんだろうか」と思ったら、胸がドキドキしました。

最上階、9階のフロアには、2つの食堂と、1つの軽食店がありました。
各店のメニューをチェックすると、「カフェ・デュ・ルポ」という軽食の店だけに、ピラフ発見。
「こ、ここか……」




座ると、店員の女性がテキパキと、水とメニューを運んできました。




今はカレーフェアをやっているようです。みんな大変美味しそう。
「でもこの種類の多さはおかしい、きっとレストラン用のレトルト使ってるんだろうな……やっぱ、カレーピラフだ!」

オーダーして外を見ると、いい景色が広がっていました。




小さな店なのに、お客さんが入れ代わり立ち代わりに来ます。
「みんな、病気の人か、病気の人を身内に持つ人か、病気の人を見舞う人か……どれかなんだよなあ。あとは医療関係の人かな」
とか思っているうちに、ほどなくピラフが運ばれてきました。




ミニサラダとスープが付いてきました。

まずはサラダ。サラダはキャベツの千切りとトマトの角切りに、和風ドレッシングをかけた簡単なもので、こういうのって、たいてい激マズなものですが……結構ウマい。食べられる。
スープをすすり、ピラフを食べてみます。

はむ。




……ん、うん。

はむはむはむ。

うん、なるほど、なるほど。

具はピーマン、タマネギ、あぶら身の少ないベーコン、缶詰めマッシュルーム。
米はふっくらパラっとしています。コンビニのカレーピラフみたいに、ベタっとしたカレー味ではなく、スパイスの香りがさっと立ち上がっていて、ほどよい辛さです。

確かに、おいしい。もちろん高級料理の美味しさじゃないんですが、普段食べるものを、洗練させてヴァージョンアップした味です。日常食の延長線上の味……。
ジャンルで言えば、先日紹介した、「東京駅そばにある、サラリーマンに大人気のナポリタンの店」のような感じです。

「じゃあ、もしこの店がオフィス街にあったら、サラリーマンやOLさんに人気の店になるんだろうなあ……」

でもこの店のお客は、働き盛りの元気なサラリーマンではなく、病気関係者。

「ここの料理人って、病気でヘコんでる人たちに、『ウマいもん食って元気出して欲しい!』とか思ってるのかなあ……」

一気に食べきった空っぽのお皿を眺めつつ、そんなことを考えました。

ちなみに金額は662円でした。安い。

今は、たいていの人は、臨終を自宅ではなく、病院で迎えます。
美味しい食べ物のある病院で死にたいなあ、ゴハンが激ウマっていうのが売りの病院があったらいいなあ……と思いました。病院ミシュラン本があったらいいのに!
取りあえず、次回立川に行くときは、ナポリタンを食べてみたいと思っています。



「カフェ・デュ・ルポ」

平日

 8:30〜18:30
土・日・祝 11:00〜18:00
年中無休

 

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