東急大井町線に乗った。あまり乗ることのない路線で、窓から沿線の風景を眺めていると、二子玉川駅に近づいたあたりに、異様な建造物があるのを目にして、しばし釘付けになった。
「なんだ、なんなんだあれは。」
緑色のもこもこした塔が見える。よくよく見ると、それがいったいなんなのかは想像はできるが。ちょうど二子玉川に用事があったので、少し足を伸ばして、そこまで歩いてみることにした。
行ってみたら、他にもニコタマは大変なことになっていた。
(乙幡啓子)
駅を降りて、 あれの立っている方面に足を向ける。ハイソ感のある山の手と化した高島屋方面とはうって変わって、懐かしい感じの商店街が続く。
ぶらぶら歩きながら、ふと脇道を見やると、そこにも緑色のもこもこが。「?」
吸い込まれるように近づいてみたら、駐車場の奥で家が一軒、飲み込まれていた。
梅雨前の酷暑の日だというのに、背筋の凍る思いをしながらニコタマの町をさまよった。そしてついに、立ち並ぶ家々の向うに目標物を見つけたのだ。
あとひとふんばり。なんとしてもあのふもとに立ってみたいのだ。そこには何があるんだろうか、あるいは何もないのか。
だんだん、「ツタに侵食された隣国に姫を助けに向かう王子」の気分に、私はなっていた。そんな目にあったことはないが。
よくわからないが義務感のようなものさえ感じてくる。暑いせいだろうか。 そして、やっと全貌が見えてきた。
長いこと、下から見上げていた。夕方が近づいて、風が出てきた。風が吹くと、何層も重なっているツタがいっせいになびいて、波打った。
ザーッと風が吹くと、葉の間から何かパラパラと落ちてくる。風が吹くたび、かなりの量がいっせいに落ちてくる。
そばを通りかかった地元の人に聞いてみた。
「ここは、お風呂屋さんですよね?いつ頃から閉めてしまったんですか?」 「そうねえ、1年くらい前からかな・・・」 「え!1年でこんなにツタがからんじゃうものなんですかね!」 「そうよぉ、ツタは成長が早いんだから」
確かに、道中で見た繁茂の様子を見ればうなずける。
「あー、こんなに芽吹いちゃって・・・」
え?このパラパラ落ちてくるの、芽なんですか?
「そうよー。あ、煙突の壊し方って知ってる?人が上に乗っかって、ガシガシ手で割っていくの、昔はね・・・」
他にもいろいろ話が出てきてしまった。
文明の生んだ建造物にツタが絡んでいるのを見ると、なんだか宮崎アニメを思い出す。ラピュタとか。廃墟を植物が覆うと、「おろかな人間の所業を悠久の時が包み込む」という、厳粛だがやさしい光景になるのだなと思った。
所業といったってまあ、もとは風呂屋なんですけどね・・・。