台風の進路にドラマを感じる (考察 2 )

 まず、次の台風の進路を見てほしい。
(註・経路上の○印は傍らに記した日の午前9時、●印は午後9時の位置で→|は消滅を示す。経路の実線は台風、破線は熱帯低気圧・温帯低気圧の期間を示す)

2003年「台風17号」

 日本のはるか南海上で熱帯低気圧として発生、3日目に台風となるも、たぶん初めのうちは自分の目的が見つからなかったのだろう、あたりをウロウロするだけで一向にその場から動く気配を見せない。

 まるでコンビニ前にたむろする若者のようだ。しかし、発生から5日くらい経った10月23日あたりからにわかに北東の方角を目指し、あとはなりふり構わず一直線。惜しくも銚子沖で温帯低気圧となってしまい、それでも重たい体を引きずるようにして進み続けるも、結局そのまま息絶えてしまう。

 今となっては彼女が目的地に達せたのかどうかは分からないが、ダボッとしたジャージに金髪というルックスで目的もなくブラブラしていた若年期からすれば、目標に向かって突き進んでいた晩年(なぜか僕は和服姿で突進するクラブのママ、というイメージがある)は幸せだったと言えるのではないだろうか。

 それでも、コンビニ前時代の不摂生がなければ、あの人の待つベーリング海までたどり着けたかも・・・と思うと、女の一生とはかくも儚きものかな、と少々目頭が熱くなってしまう。

2000年「台風9号」

 非常に分かりやすい。若い頃は手のつけられない不良だった(なんか不良ネタばっかりですが、まあ暴れるというイメージから)。自らの欲求の発散場所を求め、日本に向かってまっしぐら。「あのシマぶっ潰してやる」。

 しかし、8月12日の午前9時。時間的にちょうど学校の教室というシチュエーション。きっとその日も遅刻してきたのだろう。日頃の行いを諭す担任に「ウルセーんだよ、カンケーねーよ」。と、金八(注:滝沢でも可)の右手が一閃! 涙を流しながら自分の将来を心配してくれる教師に打たれ、ついに氷の心が融けはじめた! 「俺のことを、こんなに思ってくれる人がいるなんて!」「先生! 俺これからは真面目生きるよ!」

 卒業後、小さな会社に就職した彼はよく働いた。結婚も決まり、まさに新しい人生がスタートするはずだった8月16日の深夜。路地裏で数人の男に囲まれた。「よぉ、あの頃はずいぶん可愛がってくれたよなあ」。答える間もなく、激しい痛みが彼を襲う。後ろから凶器で殴られ、腹にはナイフが突き刺さっていた。「順子・・・」。家で待つ妻の名を呼び、血まみれになりながら、それでも一歩一歩進み続ける。しかしとうとう力尽き、塀に寄りかかるように倒れ込む。雨の強い夜だった。

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