11月の終わりの水辺
直樹君の夢を叶える日の3日前。この日も、安藤さんと僕は一緒にザリガニの捕獲に取り組んでいた。朝早くに集合して、ザリガニを探す。安藤さんはたくさん捕れたときのことを考え、大きなクーラーボックスを持ってきていた。これにザリガニを入れるのだと。
場所は都内にある川や田んぼがある公園である。僕は以前ここに来たことがあり、その時はザリガニが捕れると聞いていたのだ。しかし、それは暖かい頃の話で、雪が降るかも、という話が出始めた今となっては、東大の赤本を解くくらい自信が持てない。
水は冷たかった。眠気が飛ぶほどに。水が噛むのだ。冷たいという感想の後に来るのは、痛い! である。そして思うのは、深夜2時の飲み屋での終電乗ればよかった、に似たあきらめである。
ザリガニとは心に住むもの
しかし、子供の夢のために探し続ける。ザリガニは穴に入って冬眠すると聞いたので、穴を見つけては掘った。でも、いない。ニホンザリガニを探した時の方がまだ見つかる気がした。ほんの数カ月前は岡山でザリガニ大量発生というニュースもあったのに。季節は刻一刻と変わって行くのだ。
あんまりにもいないので、ザリガニとはみんなの心にいる節足動物なのではないかと思い始めた。でも、そんなことを5歳の男の子に説明しても通じないだろうし、さて、どうしよう。言い訳で固めた僕の27年で初めていい言い訳が思いつかない。子供相手は大人相手よりもある意味難しいかもしれない。
今年最後のザリガニ
公園でのザリガニ探しは今日も不発に終わってしまった。さてどうしますか、と深夜4時みたいなテンションで安藤さんと話し合い、こうなったら業者を探そうということになった。その結果、埼玉の鴻巣にザリガニを扱う業者があったので、次の日に買いに行くことになった。
しかし業者に電話をすると「この時期はいないね」という衝撃の発言が飛び出した。そのあとに「なんちゃって」という発言を待ったがもちろんない。この季節はもう業者にもいないのだそうだ。捕りに行ってはみるけどね、と業者は続ける。養殖ではなく天然のザリガニを扱う業者だ。捕れることを信じてザリガニを買いに出かけたわけだ。
鴻巣駅から乗ったタクシーの運転手さんにザリガニについて聞く。40年前はたくさんこの辺りでも捕れたけれど、最近は捕れない。当時、捕ったザリガニは食べていた。美味しいよ、とのこと。そうか、美味しいのか、食べてみたくなる。
これが今年最後のザリガニ、とのことだった。もう寒くてこれ以上は捕れないそうだ。滑り込みセーフである。基本的には中華料理のお店が食材として買いにくることが多いらしい。高級食材だそうで10匹で約1300円。確かに高い。それを50匹購入した。
笑える数!
業者のおじさんがトングを使いザリガニをクーラーボックスに入れてくれた。トングを使われるとペットというより、食材に見える不思議。そして、その数になんだか笑えてくる。今晩、この50匹のザリガニは我が家で過ごすのだ。50は多い。クーラーボックスからネチャネチャという音がする。ザリガニが50匹集まるとそういう音がするのだ。
この日は直樹君の夢を叶える前日。50匹のザリガニは当日までの一夜を僕の家で過ごす。安藤さんはお風呂場に入れておけばいい、というが、それは嫌だ。それだけは嫌だ。僕はザリガニは好きなのだけれど、それは友達としてであり、恋人としてではないのだ。