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ひらめきの月曜日
 
パチンコ屋のある風景を切り取って


 

完全な満月よりも、満ち足りなさを嘆きつつ欠けた月を愛でる。日本には古来、そういう美的感覚があったと聞く。

普段の生活の中では意識しないが、日本人である私たちの深層心理の中には、今もその感性が息づいているのではないかと思う。日常的に目にする風景の中にも、ふと立ち止まると見えてくる ものがあるはずだ。

例えばそれは、パチンコ屋。特に気に留めるでもない風景も、切り取ってみると私たちに意外な何かを語りかけてくる。今回はそんな 気持ちで、見慣れたその景色と向き合ってみたい。

小野法師丸



見切れた街の交差点に立ち止まって

冒頭で日本古来の美的感覚を引き合いに出してしまったが、申し訳ない、今回の記事で伝えたいことはこの一枚で全て言い切ってしまっている。

写真左上の見切れている文字をご覧いただきたい。

欠けた月を愛でるのは完全な状態である満月を意識してのことなのだろうが、今回の記事の場合、本来の完全な文字列については忘れてしまってほしい。写真に見える文字だけに気持ちを集中してほしい。

集中するまでもなく、そこにあるのはCHINCO。考えてみれば 大人になってからはあまり口に出すこともなくなった、懐かしい響きのある言葉。

言葉の意味するところと裏腹によみがえる郷愁。くだらないことも真顔でやり通せば、幾らかの感動が生み出せるかもしれないという 試みでもある。

 

にぎやかなムードはこうした店の典型的な様子だが、そういう部分は今回の観察では捨象する。注目すべきはやはり左上の文字部分だ。

愚かしいと一蹴するのはたやすい。しかし精査すると、意外な違いが見えてくる。先ほどの写真では「CHINCO」であったのに対し、こちらは「CHINKO」となっているのだ。

丸みを帯びた「C」表記と、尖り際立つ「K」表記。それは可愛らしかった子供が、いつしか心にナイフを抱く思春期を迎える過程を暗示しているようにも見える。

 

ついに大写し、そして3D。文字列としての意味は平面的な表現で十分伝わるはずだが、立体的な造形になって初めて感じ取れる 深みというものもある。

丁度下から見上げるような角度であるのも、文字列が意味するところを暗に鼓舞する。力なく垂れ下がるのではなく、こうして自信に満ちて迫 ってくる姿こそが心強い。

エッジが金属的な鋭さを放つ様にも、不用意に触ると血が出そうな緊張感を孕む。言葉の持つふざけムードとのコントラストが、見る者に心地よい戸惑いを与える。

 

秋の日差しが眩しくて看板が見えないのではない。単に見切れているだけだ。

この一枚の場合、赤文字の部分に続く文字列まで一息に読んでみたい。「CHINKO Captain」である。改めて「captain」を辞書で当たってみると、そこにあったのは「首領、指導者」という意味。

もう一度、今度はカタカナで言ってみる。「チンコ キャプテン」。

鱗雲漂う秋空の風情も空振る語感。人物像を知る由もないが、そんな指導者に思いを馳せてみる。

 

金属的に光を反射させる「CHINKO」。広く開けられた字間はそのクールを研ぎ澄ませ 、ふざけているのか本気でかっこいいのか、見る者に戸惑いを瞬かせる。

「CHINKO AND…」と、その先がぼかされて写っているのも想像力を掻き立たせる。テツandトモ、ジョン&パンチ、タカアンドトシ。ANDで結ばれる前後が強力なパートナーシップを伴っている例は多数あるだろう。

「ジョンソン・アンド・ジョンソン」という会社もある。その例に従って写真の看板の続きを思うと、くどいことになる。

 

見切れた日常に想像力を膨らませる旅。物は言いようとはこのことだ。ハードボイルドの仮面をかぶったまま、この旅をもう少し続けよう。


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