少し時間が戻ります
「同じ形の石探し」かなりの時間をかけて探したが、結局のところなにも見つからない。
本当にこの作業、取りつく島というのがさっぱりないのだ。
もうどうにもならないので、無理矢理にでも同じ形の石を作ることにした。
欺瞞をこねくりまわす
セメントをこねるのは、前に一度やったことがある。作業自体はそんなに難しくない。一つ一つ着実に物事が進むという安堵感がそこにはある。
しかしその一方、「自分は結局見つけられなかったんだ」というぼんやりとした敗北感が、ねっとりと粘りを持って僕の心の中で固まっていった。それこそ、セメントが固まるみたいに。
探す時はあんなに大変だったのに、作る時はほとんど一瞬だ。超速乾性のセメントなので30分もかからない内に固まった。
まるっきり同じ型から出来ているので、ヤスリ掛けはむしろ自然な個体差を出す方向にかけた。
今回、同じ形の石を作るのは難しくなかった。難しかったのは、「同じ形の石を見つけ出したぞ」という笑顔の撮影だ。
作り物の石に、作り物の笑顔。
無茶なことに挑戦して、何一つ本当のところがないのだけれど、一応の決着はついたのだと思う。
なにしろ、「同じ形の石」はこの世に確実に存在するということが解ったのだ。僕が作ったから。
おれは何がしたかったのか
「本当に答えがあるかどうか解らない」ようなことにチャレンジして僕なりの結果を出してみたかったのだ。
でも嘘に逃げて、一応の体裁をつけてしまった。
それは大人の処世術。僕の未知の物に対するチャレンジ力はこの程度だが、それでもなんとかごまかそうとする対応力は社会生活の中でだんだんと育まれているのかもしれない。