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ちしきの金曜日
 
河原の石で神経衰弱をする

とにかく探す

そもそもなぜ神経衰弱しているのか

この後もひたすら探す作業が続く。この間になぜ僕がこんな「河原の石で神経衰弱」ということを始めたのかを、説明させてほしい。

さっきも言った通り、この神経衰弱のキモは「本当に同じ形の石があるかどうかわからない」というところにある。



時は刻々と過ぎる

その要素を追加しただけで、神経衰弱は単なる暗記ゲームから、過酷な精神力の消耗戦へと変貌する。

僕の頭の中にはさっきから常に「一対の同じ形の石なんて無いかもしれない」という、前提への疑いが渦を巻いている。

しかし、それはあるかもしれないのだ。実際にあったとしても、「絶対にある」と思って探さなくては見つかるものではないだろう。

石は無限だ

もう少し語らせて欲しい。

僕は昨年の4月に脱サラをして、今はいろいろと自由業をやっている。

この選択が合っているのか間違っているのか、僕には解らない。

でも、始めた以上そういうフリーの信念の元にやっていかなくちゃ話にならないのだ。

そういう、僕自身の人生の身の振り方も含めての神経衰弱である。

いや、別に僕の人生の身の振り方までは関係なかったかもしれない。でももう探し始めて、だいぶ時間が経ってきてしまった。

 

 

この辺に住んでいる人がしきりにこちらを見ている

それにしても、先ほどからこの辺りの河原に住んでいると思しき人がチラチラと僕を見ているのが気になる。(いや、向こうからしたら、ずっと石拾いしているこっちの方が気になるんだろうけれど)

困った。「ニイちゃん、こんなところで何しているんだ?」なんて言われたらうまく説明できるだろうか。自信がない。


自分なりにやることの必然性はあるんだけれど、理解されないだろうから困る

いや、まて。理解されたらされたで、もっと困るかも!

いかん、自分の想像に自分が負けそうになっている。ハッとして顔を上げると、しかし、そこには「マムシ注意」の看板が。内面から外面からもう本当にいろんな障害が出てきた。


大丈夫か、おれ

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