それでも朝はくる
翌日はよく晴れていた。小春日和というやつだ。 気分がよくて散歩にでかけた。
あの人だ。今日も幸せをさがしつづけているのだろうか。
「勝手に柿とっちゃダメですよ!」ぼくは思わず声をかけてしまった。
「いやあ、自転車でさがしたほうがみつけやすいと思いましてね、柿」 「さがしてたのって幸せでしたよね」
「みつかりそうですか」仕方なく訊いてみた。 「わかりません。あっちにいってみましょう」 彼は川のほうへ自転車を押していった。 「あれをみてください」 しばらく水面をじっとみつめていた彼が口を開いた。
「むかし学校でならいましたよね、方丈記。おぼえてます?」 彼の問いかけに、ぼくは「はあ」と曖昧な返事をする。 「川の流れは絶えず、そこにある水は同じもののようにみえてもそうではない。でも、ぼくはあのゴミとおんなじです。絶えず移り変わる水の流れの中で、ぼくだけひとつの場所にぷかぷかと留まったままなんです」
返答に困っていると、彼がつづけて言った。 「でも大切なのはそんなことじゃなく、川にゴミを捨てるのはよくないってことです」 彼は立ち上がり、「お腹がすきました」と呟いた。
別れ
その人の姿をみなくなって数日が経った。会いたいと思っていたわけではないが、気にはなっていた。
ヘルメットがないから見過ごすところだった。あの人だ。ぼくは声をかけた。
なんだか晴れやかな笑顔だった。 「もうかぶってないんですね」 ぼくは訊いてみた。 「ついに手に入ったんです」 彼は嬉しそうに言った。 「え! ほんとうですか。いったいどこに……」 ぼくの質問を遮るように、その人は道路の向こうを指さした。
「あそこにソーラーパネルがあるでしょう」 「ありますね」 「その上に風ぐるまがついてます」
「ああ、飛行機みたいな。プロペラが風でまわってますね」 「実はあのプロペラが下のソーラーパネルで発電した電力でまわってたら、なんだか意味がなくて面白いですよね」 彼はそう言って笑うと、「それじゃあ」と手をあげて、困っているぼくから遠ざかっていった。
彼のみつけた幸せがなんだったのか、結局きけずじまいだった。
ところが数日後、よく行くお弁当屋の店員さんと交わした会話の中に、そのこたえがみつかった。 ちょっと前に、近所のアパートで下着泥棒騒ぎがあったそうだ。
なくなったのは、青い下着だったという。
―完
網で何かをつかまえるなら、もう少し暖かい季節が良かったようだ。それは準備段階でなんとなくわかっていたことで、ホームセンターで「虫取り網ありませんか」と訊ねたところ、「これ一本だけ残ってました」と持ってきてくれたのが、この魚釣り用の網である。 そういえば幼い頃、母が内職でつくっていたホタテ養殖用の網カゴの色もまた青であった。
「魚介には青い網」
この記事に書くべき結論があるとするならば、これであろう。