鹿児島の通学を佐賀で歩く
小学校4年生からは鹿児島県に引っ越した。 そこで通ったのが谷山小学校だ。記憶が定かではないが、ひと学年が9クラスくらいあるマンモス校だったと思う。家から学校までは15分くらいだった。
ということで地図を照らし合わせながら早速歩くことに。
さっき歩いた千鳥小学校の通学路とは違い、今度の通学路は田んぼなど緑が多い。想像していた通り佐賀はのどかな所なんだと実感する。ちなみに本当の鹿児島の通学路は結構自動車が走っていて危なかったと記憶している。
もう十年以上鹿児島には行ってないから今は知らないけれど、当時は家から自転車で30分くらい走ったところにある海(錦江湾)で、天然のイルカが泳いでいるのを見ることができた。水族館以外でイルカを見たのは初めてだった。
こうやって順調に他の土地の通学路を佐賀に置きかえて歩いているが、企画段階では、思ったように角がなかったりするのではないかと心配していた。 しかし、歩いてみると結構歩けることに驚いた。千鳥小学校の通学路を歩いた時に分かったように「懐かしさ」こそないけれど、どこに着くのかというドキドキワクワクが楽しい。
鹿児島の小学校は佐賀ではケータイ
地図を見ると、もうすぐ目的地の鹿児島では学校だった場所だ。今度は先ほどと違い、いかにも田舎の風景が広がっているので、もしかしたら思わず「懐かしい」と言ってしまう場所なのではという期待が高まった…がアンテナだった。
鹿児島では谷山小学校だった場所は佐賀ではドコモのアンテナだった。僕の携帯は、というかPHSはウィルコムなのでイマイチこのアンテナにありがたみを感じない。もちろん全然懐かしくもない。僕の小学生時代は携帯電話なんて普及していなかったし。 でも、ワクワクできたからいいやということで記念写真を撮った。
中学校も2校通ったので歩いてみようと思ったが、中学はどちらも徒歩で50分というとても遠いところだったので、今回は小学校2校で満足して、オートロックのペンションみたいな実家に戻ることにした。
昔歩いた通学路を違う土地で置きかえて歩くのは、懐かしくはなかったが楽しかった。
田んぼだらけだった佐賀の実家
実家の周りは田んぼだらけだった。 そして、どういうわけか田んぼを見ていたら実は「懐かしい」と感じてしまったのだ。今まで、あちこちに引っ越してきたが、田んぼが身近にある場所に住んだことがない。どちらかといえば街中に住んでいた。それなのに、田んぼを見て懐かしく感じたのは、前世が小作農だったからだろうか。現世では名前だけ地主だけど。