子供の頃、夏になると家の近所の神社の境内で盆踊り大会が開催されていた。当時あのやぐらの周りでゆかたを着て踊る大人たちに憧れたものだ。
大人になった今ならば、あの輪の中に入れるんじゃないだろうか。
( 安藤 昌教)
大人の世界への憧れ
盆踊りといえばやぐらを中心として輪を作り、その輪をくずさないよう優雅に踊る大人たちの印象が強い。もちろんもともとは盆の時期に先祖の霊を迎えるために始められたものなのだが、それが転じて今では粋な大人たちの夏の楽しみとなっているのだ。
盆踊りの輪。子供の頃、あれは大人にならなきゃ入れない場所なのだと思い、憧れていた。
そんな僕もいまでは30代半ば。年齢的に言えば、もうあの輪の中にいてもおかしくないはずではないか。ならば今年こそ、挑戦してみようではないか。
以下、僕の買ってきたゆかたを見た編集部の第一声。
・旅館か・入院するのか ・うちのじいさんこんな感じだった
堪え忍ぶべし、だ。これもあの輪に加わるための下準備。
しかしこの話をすると編集部古賀さんが「私普通に入ったことありますよ」と神をも恐れぬ発言をしたのだった。
「普通入るっしょ」と古賀さんは踊りまで披露してくれた。
これは勝てない。
前々から古賀さんには勝てないと思っていたのだが、こんなところに根があったとは。他の部署と隣接するフロアを見下ろし、我が物顔で踊る古賀さんはまぶしかった。
しかしトイレでゆかたに着替えると、僕だってまんざらでもないように思えてきた。背筋が伸びて一気にやる気が増す。この勢いを保ったまま、いざ盆踊り会場へ行こうではないか。
しかし大きな問題が
しかしここで一つ大きな問題がある。
僕はまったく踊れないのだ。
大人になってからも盆踊りには何度も行ったことがあるのだが、なんだか恥ずかしくて踊ったことがなかった。踊れない、だから踊らない。それじゃもちろん踊れるようになんかなれない。
子供の頃憧れていたものが大人になると物理的に近づくことがある。しかしそれは一見近くなったようで、逆に年を経た分さらに遠くなっていることもあるのだ。
こんなに卑屈になるほどサビついた僕の踊りに対するプライドを、今日はいきなり開放することが出来るのだろうか。そしてあの憧れの踊りの輪は、入り口を開けて僕を迎えてくれるのだろうか。
不安は不安を呼び、しまいにはお腹が痛くなってきた。