こんなノートを使ってみたくないですか
たとえば打ち合わせの場で、相手がカバンからふっと取り出したノート、それが古文書だったらどうだろう。一気に注目の的である。「そのノートどうしたんですか?」から始まって、話は古文書談義で盛り上がり、すっかり場が和んだところで商談もスムーズに成立!だ。
そんな都合のいい展開、100円ショップやドンキホーテにあるジョークグッズのパッケージに書いてありそうな売り文句だが、ついつい素でそんな展開も想像してしまった。「普段づかいの古文書」、それだけのインパクトがあると思う。
(text by 石川 大樹)
ノートを古文書に
なんでいきなり古文書とか言いだしたかというと、このあいだ打ち合わせをした人が、そういうノートを持っていたのだ。思わず「なんですかそれ!」ときいたところ、「オリーブオイルをこぼしちゃって…」だそうだ。
古文書には憧れるが、問題となるのは入手のしにくさ。しかしオリーブオイルをこぼすだけで簡単にで古文書を作ることができるのであれば、あとは古文書にはいいところしかない。インパクトがある、歴史のロマンを感じる、字が下手でもかえって様になる、なくしても特徴的なのですぐ見つかる、見つからなかった場合は博物館に展示される可能性がある、などなど。
そういえば昔、なにかで「古い書類の偽造のしかた」みたいなのを見たことがある。あのときは紙を紅茶かなにかに浸していたような気がする。
かたやオリーブオイル、かたや紅茶。もしかして自分で材料を開拓してみたら、いろんな風合いの古文書ができるかもしれない、というのが今回の主旨だ。
7つの液体と、ノートを7冊用意した。これで古文書を作ってみよう。
書き文字の変色具合も見るため、3種類のペンで文章を書いた。右からボールペン、水性ペン、筆ペンだ。
ちなみに実験に使うノート、普通の大学ノートを使うつもりだったが、間違えて縦書きのノートを買ってきてしまった。偶然のおかげでここでも古文書度アップだ。せっかくなので文例も手紙っぽいのにしておいた。(最近僕が実際に人に送ったメールです)
さて、素材はそろった。実験開始です。
オリーブオイル
まずはこの実験の発端となった、オリーブオイルからだ。
バットにオリーブオイルをなみなみそそいで、そこにノートを投入。「オリーブオイルが少しこぼれたノート」が発端のこの企画だが、より古文書感を出していくため、オリーブオイルはケチらない。なみなみとバットに注いでいく。
オイルはかなりたくさん入れたのだが、紙の吸収力がすごい勢いで追い上げる。ノートをいれた瞬間に、バットの中のオイルが半分になった。
浸した瞬間、ノートからはオリーブオイルのいい香りが広がる。…ということはなくて、嗅いでみるとなんだか油くさい。
ページ全体がうっすらとオリーブオイルの黄色に染まり、染み具合によって色ムラもある。このムラが黄ばんだ紙を彷彿とさせるのだ。これは期待できそうだ。
紅茶
このあと乾燥の工程にはいるのだが、そのあたりは次ページ以降に譲る。このページでは次々浸す作業をやっていきます。
事前にネットで古文書の作り方を調べたところ、いちばん定番としてよくヒットしたのが、この紅茶と、次のコーヒーだ。
ティーバッグを2個使って、できるだけ濃くいれる。そしてゆっくりノートを浸す。油と違って、いれた瞬間に紙がふやけて盛り上がってくるのがわかった。
さらに全面に浸透させるため、1ページずつ、ちまちま開きながら紅茶に浸していくと…
すごい。この時点でもう申しぶんなく、古文書である。この色味といい、ムラの出方といい。目の前であっという間に数百年の年が経過してしまった。ドラえもんの22世紀にはタイムふろしきがあったが、21世紀には紅茶があったのだ。
コーヒー
こちらも定番らしい、コーヒーである。紅茶であのようすだ。さらに色の濃いコーヒーはどれほどのものか。
コーヒーにも色々あるが、古文書づくりにはインスタントコーヒーがいいようだ。濃いめにいれて、浸す。
浸しこごちは紅茶と同じ。1ページずつ丁寧に染み込ませる。
きた。こういうの見たことある。3年ほど前に川崎の妖怪展を見に行ったとき、かまいたちの絵が図解されていた、あの紙である。今ここに書いてあるのは、僕の名前である。俺は妖怪か。
しかしコーヒーの真価は、さらにこの先にあるのだ。
変色した紙に、さらに粉をちりばめる。そう、インスタントコーヒーにしたのはこのためだった。粉の部分がポツポツとしたカビ汚れを作り出してくれるらしい。これがどんな効果を生み出してくれるのか、それはあとからのお楽しみだ。
醤油
オリーブオイル、紅茶、コーヒーと、外国のものばかり試してきた。ここらで日本の心意気も見せてやろう。日本が誇る黒液といえば、これである。万能調味料、醤油だ。
この醤油、ペットボトルに詰めてはあるが、妻の実家から送られてきた自家製の醤油だ。もちろん妻が留守の隙に、内緒で使っている。
丹誠込めて作ってくれた自家製醤油をバットになみなみ注ぎ、そこにノートを浸す。この罪悪感や負の感情をエネルギー源として、ノートには何百年という時間が一瞬にしてふりそそぐ。もうこうなってくると、実験というより呪術だ。
バットの醤油はすぐになくなってしまった。他の液体よりもずいぶん紙の吸収力がいい気がする。塩分が多いため、浸透圧とかそういうのが関係しているのかもしれない。あるいは醤油を作ってくれた義父母に対する後ろめたさが、バットに注ぐ醤油の量を、知らず知らずにセーブしていたのかもしれない。
「かもしれない」というか、たぶんそうだ。その罪悪感が作用したか、色づきは「ちょっとつきすぎでは」というほどの色。
コーラ
紙の経年劣化の原因には、日焼けの他に、酸による作用があるらしい。酸性であるコーラに浸すといいのではないか。
コーラにノートを浸した瞬間に、シュワシュワと勢いよく泡が出てきた。いかにもなにか反応が起こっている雰囲気。
なんだか紙がしんなりとした感じがするが、色はごらんの通りである。酸性×色素のタッグで2方向から攻められるのを期待していたのだが、現時点でそれほど色素が効いている感じはしない。今後、酸性がじわじわ効いてくる方向に期待。
酢
コーラの色素がそれほど役立たないのなら、もっと純粋に酸のイメージのある、酢で攻めた方がいいかもしれない。
バットに酢を注いだ瞬間から、自宅キッチンに広がる酢の匂い。
ノートを浸すと、またブクブクと発泡した。コーラが泡立つのは炭酸が抜けているからかと思ったが、酢が泡立つとなると、やはりここでは何らかの、僕が期待しているような化学反応が起きているに違いない。
それから写真ではわかりづらいのだけど、他の液体よりも表紙がダメージを受けている。ふやけてモワモワになり、しかも破れやすくなっているのだ(右下の方が破れている)。やっぱり、何かが起きている。
絵の具
最後、色がつけばいいなら、ということで、絵の具も用意した。ダメだろうなーとうすうす感づいてはいるが、どうダメになるのか、一応試してみたかったのだ。
さっきの実験でキッチンに立ちこめた酢の匂いを一瞬にして駆逐したのが、犯罪のにおいである。古文書というよりも、方向性としては完全に「被害者の所持品」という感じだ。そちら方面についてはかなりのリアリティ。時代劇ではなく、サスペンスドラマだ。
バットから引き上げても、より「それっぽさ」が強調される結果にしかならない。下敷きにしているキッチンペーパーの染みの色が生々しい。
この色は決して狙ったわけではなく、絵の具の色だって赤ではなく茶色を使ったのだ。しかしこのありさま。とりあえず、血糊に絵の具を使うなら、赤より茶色のほうがいいことがわかった。
結果は1週間後
7冊のノートはそれぞれの色に染まった。これから約1週間、浸透と乾燥をかねてじっくり寝てもらうことにする。