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土曜ワイド工場
 
文字を書くプロ、その実力は?

神がかった注意書き

続いて、書いて貰ったのは、会社内の注意書きだ。昨今、経費削減だのISOだので、企業の管理が厳格化している。会社の中に、口うるさい貼紙が増えているところも多いんじゃないか。つまらない世の中だ。夜の校舎で窓ガラスとか割って回りたい。バイクを盗んで走り出したい。いや、べつにぼくは会社員じゃないんだけれど、たぶんみんなそんな気持ちなんじゃないかと思う。しかし、そんなうるさい貼紙も道口さんに書いてもらえば、また印象が変わるのではないか。


縦書きでも、右から書く
崇高な注意書きができあがってしまった。

神の啓示みたいな注意書きができあがってしまった。ものすごい説得力である。パスワードを貼らないことをずっと守り続けていたら、なにかITセキュリティ以上のご利益がありそうである。(「パスワードを机に貼らなかった正直じいさんは、畑から小判がざくざく出てきました。パスワードを机に貼っていた意地悪じいさんは、畑から馬の糞ばかりでてきました」とか)

せっかくなので、デイリーポータル編集部の、安藤さんの机に貼らせてもらった。


「よーし、今日も仕事だ。システムにログインするぞー」
「ゲゲー!うわ、なんだこの貼紙!申し訳ありません、もう貼りません!」

安藤さんの机に貼った様子を撮影したら(頼んでもいないのに)、大げさにリアクションをとってくれた。でも、注意書きのかもし出す雰囲気はわかってもらえたと思う。ぎょっとするくらい違和感のあるきれいさである。ちなみに、この安藤さんの机に貼ってあるパスワードも道口さんに書いてもらったものだ。(安藤さんも本当は机の上にパスワードを貼ったりするような人間ではない)


ふせんで貼ってあるのもひどいし、パスワードの内容もひどい。セキュリティ的には最低だ。
でも文字は美しいからいいかな、とも思う。

お願いしておいてなんだが、「さすがにこれを書いてもらうのはどうかな…」と思った。道口さん、ありがとうございます。

それにしても、同じ貼紙でも「死ぬ気で働け!」とか「営業に不可能はない!」とか、どぎつい内容を書いてもらわないで、本当に良かった(こういうことを書いてある会社って、実際よくにありますよね)。そんなすごい内容をこの凄まじい説得力で示されたら、うっかり過労死するまで働いてしまいそうだ。

 

買い物メモがメモに見えない

道口さんの字は言葉に説得力を持たせることがよくわかった。だとしたら、逆にメッセージ性のないものを、きれいに書いてもらうのがクールなんじゃないのか。そこまで考えて、買い物メモを書いてもらった。


「これでいいですか?」と道口さん。
いや、すごく良いと思います。

家にあるじゃがいもとあわせて煮物を作りたい。あと、電池って種類をメモらないと、絶対間違えて買っちゃうよね


どうしよう。予想はしていたのだけれど、これまたすごくかっこいいメモができてしまった。ただ、クールというよりシュールである(そう言えば、カールを食べながらこの原稿を書いている)。

食品が書いてあるので一見、高級料亭のお品書きにも見える。しかし、「単三電池一パック」がそれをかたくなに拒否しているのだ。現代美術のオブジェっぽい、とも思う(特に、「かたくなに拒否している」、という言い回しが)。要するに、買い物メモにはぜんぜん見えない。


ちなみにコレをもって買い物に行ったら、
ちゃんと全部買えたよ。(大根と豚バラはポトフになりました)

実際使ってみると、買い物メモにはぜんぜん見えないのに、買い物メモとしてちゃんと機能した。買い物メモって一体なんなんだろう?メモのアイデンティティという面倒な問題が湧き出てしまったので、考察はこの辺りに留めておきたい。

 

筆耕に書いてもらえば、なんでもありか

逆に説得力を生かす方向はどうだろうか。例えば、様式のわからない書類を書いてもらっても、それっぽく見えてしまうかもしれない。つまり、こういうことだ。


公文書偽造の現場です
どこからどう見ても逮捕状だ

書いてもらったのは「逮捕状」。一応言っておくが、逮捕状はこういう書類ではない。(こういう書類らしいです)しかし、どうだろうこの風格!本物の逮捕状よりも逮捕状らしく見えてしまっている。これをもって来た人が、家に上がり込んできたら、ぼくには対抗出来る自信がない。やっぱり、うまい字で書けば、どんな書類でも雰囲気で偽造できてしまう。

あと、じっと見ていると心なしか「逮」の「しんにょう」の部分が捕縛用のロープに見える。「捕」の右側の「甫」の部分は牢屋の鉄格子に見える。「状」の「犬」は言うまでもなく警察犬だ。道口さんもそこまで考えて書の中に表現しているのだろうか?ちょっと恐くて聴けなかった。

引き続いて、大物に挑戦してもらった。「捜査本部」の書である。実は取材をお願いした時からこれは書いてもらおうと思っていた。大きく書いてもらって、なんでもない会議室を捜査本部にしてもらいたい!


「大きいとちょっとバランスむずかしいですねー」

デイリーポータルZのキャラ、Zくんが誘拐されてしまった!という設定で書いてもらってます。


ふつうの会議室ですよね

どーん!腕利きのデカが二人、深夜まで事件を検討中!

予想通り、ばっちり捜査本部に見える!

そして、なんとなく時刻が深夜っぽく見えるのがすごい(実際には午後4時くらいだ)。
「捜査本部」→「難事件」→「徹夜で捜査」の連想が無意識に働いているからだろう。ついに筆耕の書の説得力が、時間を超えた瞬間だと言える。アインシュタインにこのことを教えてあげたい。(あ、ほめすぎて、うっかり例えが適当になってしまった)

道口さんと安藤さんには、撮影の際に刑事役としてそれっぽいポーズをとってもらった。いま、これを書いていて気づいたのだが、安藤さんがどことなくやつれて見えることが、切迫した捜査本部の演出に、一役買っていると思う。安藤さん、すごい!(あ、道口さんではなくて、うっかり安藤さんをほめてしまった)

さて、次の書がラストです。最後にふさわしく、華々しい書を書いてもらいましたよ!


この紙もちょっと大きめ
これも書いてもらうおうと決めていたんだ

とても誇らしい気分になれます

書いてもらったのは「勝訴」!この紙を掲げてみたら、信じられないぐらいスカッとした。

思えば、社会生活というのはある意味、毎日が裁判みたいなものだ。だとすれば「勝訴」の書は、終わりのない人生という法廷における、最終的な成功の象徴なのではあるまいか。そりゃ、スカッとするばずだ。

それにしても、この「勝訴」って文字、本物の裁判では誰が書いているのだろうか。道口さんに聞いてみると、少なくとも筆耕のところに依頼は来ないとのことだ。せっかくなので、この記事をご覧になった裁判中の方は、筆耕に「勝訴」の文字を依頼することをおすすめする。裁判で勝利した時のうれしさが段違いに上がるだろう。


字っておもしろい

道口さんはすごかった。文字の一つ一つが整然とした迫力を持っている。そしてどの文字にもすごく存在感があるのだ。こんな字をすらすらと、機械的ともいえるような淡々としたペースで書いているのだ。

そんなプロフェッショナルな道口さんが、一つ一つ書を書き上げた時に見せてくれた笑顔も印象的だった。たしかに、きれいな文字のおもしろさを一番知っているのは、道口さんなんだろうなあと思ったのでした。

今日は、ありがとうございました!

おもしろがって写真を撮ろうとする道口さん


取材協力
筆耕 道口久美子
・ホームページ
https://members.jcom.home.ne.jp/kundog/frame.htm
・ブログ
https://monoglot.exblog.jp/


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