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フェティッシュの火曜日
 
ライフル射撃がいかにストイックかを知れ

お道具のスポーツとは

さて準備中の迫さんに戻ろう。えーと、今何をやってるんですか?

「ライフル用のスーツを着ました。このスーツ、キャンバス製でゴワゴワで、とても固いんです。しかも、ライフル構える姿勢のとおりに袖が付いてて、着ると体がガッチリ固定されてしまうんですよ」

つまりあれだ、骨折したときのギブスに近い。触ってみると本当にガチガチだ。間違って冬の夜に外に干してしまったGジャン、どころではない。


着てしまうと手が動かせない、だから専用の「ボタン留め器具」まで売ってると。

なぜここまでガチガチに固めるのかといえば、詳しく後述するが、ひとえにこの競技の勝敗が、

「4.5mmの弾を、10m先の、10cm四方の紙の、3cmほどの黒い部分の中心にある、0.5mmの点にどれだけ近づけるか」

にかかっているからなのである。つまり体の揺れ・ブレを極力抑えないとやってられない。前ページ最後の、銃を置くスタンドも、マッチボックスも、動きをできるだけ少なくするためにあるのだ。スポーツ選手というより、職人に近いものを感じて敬礼をしたくなる。


この靴ももちろん専用靴。先が四角いので、立て膝で撃つ種目のときに安定するのだ。
底はすごく固く、履いて移動はできない。「歩く」のでなく「止まる」ための靴!

とにかく体が同じ形になるように。できるだけ動かないように。小さな揺れを止めるように・・・ハァ、ハァ、ここまで書いてて、パソコンの前の私まで呼吸が止まってしまった。メタルギアソリッドやってるときみたいな緊張感だ。

こんな特殊な競技を始めるに至った、経緯を聞いてみたくなる。

「もともと父が狩猟をやってたので、興味はあって。それで、中学のときから射撃部を考え始めて、高校選びも射撃部が頭にありました。そして高校入学と同時に始めたんです。反対はされませんでしたが、射撃道具が高いんで、母にはちょっとそこを突かれましたけど。でも一旦揃えればあとは・・・ね。」

高いだろうな。とは思っていたが、実際聞いてみると銃が2〜30万、コートが安くて2万〜8万はする。銃を置くスタンドも、高校生は部のを使ったりするが基本自前。その上に弾、先のボタン留め具やマッチボックスのようなこまごましたものまで、まさに「道具のスポーツ」なのである。そこがまた魅力といえば魅力、ということにもなろうか。


不自由な動きの中でなおも準備。開始前に30分は準備で取られる。
照準を覗かないほうの目には紙の帯を垂らす。なぜ?

この目隠し。「目を片方つぶってしまうと余分な力が入ってしまうから」なんですと!つぶると引き金をうまく引けないのだ・・・。そういうプロっぽい話に弱い私、そこだけ真似したくなる。

 

1次元上の戦い

さて、やっと準備が終わって、待ちに待った実射が始まる。


見た目にはまったく変化のない姿勢。緊張感、というよりただただ静か。

今か今か。

撃ってから標的を回収するそのストイックな練習風景は動画で(00:30くらいで発射音がします)


 

パシーン!ともスパーン!とも。なかなかに驚かされる発射音だ。発射音だけでなく、標的の裏側にある鉄板に弾が当たるときの音も大きい。そんな大きな音を出しながらも、迫さんは人差し指しか、それもほんのわずかしか動かしていない。

「トリガーはすごく軽いんで、ちょっとの引きですぐに撃ててしまうんです。なのでゆっくりゆっくり引いて、力の調整をとても繊細にコントロールしなければならない」

「最近練習してないんで」と言いつつ、数発撃って全部が9点以上!ひさびさとはいえやっぱり元日本記録保持者、すごいわ。とここで、どれだけすごいかまた別の角度からお送りしよう。


特別に、近くでスコープを覗かせていただく。

先ほども書いたように、標的は10cm四方の紙。その中心の3cmほどの黒い円に4点以上の領域があり、そのまた中心の5mmの円が9点。

そして種目により、例えばこのエアライフルなら60発を1時間45分のうちに撃つ。そして合計点の上位者でファイナルの10発を競う。といっても、ほぼ「10点か9点」レベルでの、ギリギリの戦いとなる。

そのファイナルがとんでもない。最高点は10点だと思うだろう。それが違うんだな。「10.9点」なんだ。つまり0.1刻み。なぜかというと・・・。

ど真ん中の白い0.5mmの点が10点として、それをどれだけの割合で覆うかによって小数点以下が決まるのだ。


写真には写せなかったが、この点を覗いた向こうに右の標的が見える。まさに針の穴を通すような話。
見えにくいですが、10点満点の点を隠してなお跡が中心に食い込んでる。よって10.3とか4の世界ですな。

このスコープを覗いたところ、望遠レンズなどついていない。単にその画面の中心に標的の黒い円を合わせて、撃つ。以上!

これは・・・とてもじゃないけど10点を狙う、とかいう話じゃないよ。とにかく点なんですよ点!つまり例えるなら、1次元って「点」の世界と教わったでしょう。2次元は面、3次元は立体、とかのアレ。その1次元の世界に生物がいるなら、その生物も点。建物も点。

そういう意識で狙う、と見た、私は。自分でも何言ってるかわからなくなって、クラクラしてきた。でも選手の皆さんは、実際撃つその時その瞬間に10.0以上を狙えてるという実感はあるわけですよね?
「そう、ちゃんと見えてる、と思う・・・(迫)」


左がつぶれたあとの弾。弾の前面が平らなために、標的がパンチングされたみたいに射抜かれている(右下の紙片)。よくまっすぐ飛んでいくものだ。

 

 
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