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ロマンの木曜日
 
ダム穴を作ってみた

貯水開始


「何だ、この大雨は!」
出井利(でいり)ダム管理所長の萩原は吐き捨てるように言った。ダム管理ひとすじ30年。日本各地を渡り歩いてきた百戦錬磨の男だが、これほどの豪雨、そして流入量は初めてだった。

「とうぶん止みそうにないですね・・・。」
気象庁から送られてくる降雨情報が表示されたモニターを見ている部下が溜め息まじりに呟く。南から台風に刺激された秋雨前線は活発化し、日本列島は次々に発生する巨大な雨雲の塊に飲み込まれていた。

強い雨によって、上流からの流入量は急激に増加。しばらく晴天が続いていたせいで貯水地はほとんど空だったが、この状況が続けばあっという間に貯水量をオーバーしてしまう。ここで管理所は放流を決断。下流域に放流警報を出すと、ダムの直下から川沿いに、一定の間隔で設置されている警報局のスピーカーが、次々にけたたましくサイレンを鳴らした。下流を見回っている職員から異常なしの報告を受けたあと、流入量を上回らない程度に放流を開始した。


ものすごい豪雨(のイメージ) 上がり続ける貯水池(のイメージ)の水位

それでも雨は絶え間なく降り続き、とうとう流入量はこのダムの計画時の最大数値を超える。それに伴って放流量も段階的に増加させたが、下流に被害を出さないギリギリの量まで放流しても、貯水地の水位はじりじりと上がり続けた。


未曾有の豪雨 懸命の放流(本文とは関係ありません)

既にできる限りの放流をしている以上、こうなるとダムは状況を見守るしかない。荒れ狂う自然を相手に、こちらから動いて戦局を打開する術はなかった。
「止まなくてもいい、少しでも雨脚が弱まってくれれば・・・!」
という萩原の願いも虚しく、昼間なのにどす黒い空からは大粒の雨が地面に激しくたたきつけられていた。

水位は容赦なく上がり続け、とうとう「非」常用の洪水吐の直前まで迫った。


そういえばホースは浮いてくるので短くカットしました いよいよ満水か

「あれを使う日が来るとは・・・」

萩原はモニターを睨みつけた。そこには水面に浮かぶドーナツのような形の構造物が映し出されている。非常用洪水吐。ここを水が流れるということは、このダムが制御できる水量を超えたということだ。ここまで懸命に少なくしてきた放流量が、ついに流入量と同じになってしまう。下流域の河川の水位は堤防の高さを超え、溢れた濁流が田畑や街を飲み込んでいくであろうことは想像に難くない。

計画を大きく上回る降雨量と流入量。完成以来、下流を守り続けてきたこのダムに、痛恨の黒星がひとつついてしまうことになる。


表面張力!! ついに越えたか!?

 

カット、カーット!


ダメだこりゃ、ぜんぜんダム穴に見えません。支えている突っ張り棒やホースも見えてしまっていて、まったく緊迫感のカケラもなし。どうにかしなきゃ、水を濁らせて底を見えなくすればいいのか、ではどうやって濁らせる?

そうだ、いいものがあった!


まさに「にごり湯」に いい感じだけどまだ不自然さは拭えない
手持ちから適当な湖の写真を選んで プリントして背景にしてみた

冬に買ったものの、最近ぜんぜん使ってない入浴剤を投入。見事に白っぽく濁り、水中が見えなくなりました。でもそれだけでは不自然さが消えなかったので、手持ちの写真の中から適当なダム湖をチョイス。プリントアウトして背景にしてみました。
これでどうでしょう、気合いを入れて撮影してみます。


恐怖のダム穴

背景と何とか合成してみたのですが、どうでしょう。
うーん、ちょっと微妙な仕上がりですが、そもそも本物を見たことがないから、これでいいかという気がしてきます。

でも、ウチのお風呂の写真が世界中に出回るのは嫌なので、やっぱりバラ撒かないでください。

 

戦いの終わり


とうとう非常用洪水吐のグローリーホールに水が流れ込んだ。ダム湖の水面に、ブラックホールにでも通じているかのような不気味な穴が現れる。その瞬間、管理所内にいる全員が絶望の表情を浮かべた。このダムは自然を相手に敗れたのである。下流にはコントロールされない水が流され、おそらく遠くないうちに堤防はその役目を果たせなくなるだろう。黙って下を向く者、やり場のない怒りに任せて壁を叩く者、天井を見上げて涙をこらえる者などがあった。所長の萩原も、深いため息をついて窓の外に目をやった。

と、そのとき。


雨は上がった(イメージ)

流入量は急激に減少した。非常用洪水吐からの越流もすぐに止まり、かつてないほどの水量を溜め込んだ貯水池の水位は徐々にではあるが低下していった。それを見極めた萩原はすぐに放流量を絞るように命令。ふたたび流入量が増加する恐れがないわけではなかったが、今は一刻も早く下流の水位を下げるのが先決だった。

下流の堤防は本当に間一髪、ギリギリのところで決壊を免れていた。ダムが限界まで水を溜め込んでくれたお陰で、住民が避難するための時間を稼ぐこともできた。結果、過去最大級の降雨量ではあったが、奇跡的に被害は限りなくゼロに近かった。

「私にとって決して忘れられない日となりました。でも、職員全員が正確かつ冷静に対処してくれたお陰で、被害を最小限に食い止めることができた。本当にお礼を言いたいですよ。」と、萩原は部下をねぎらった。しかし最後にこうつけ加えた。
「とは言え負けは負け。今後に生かして、次は絶対に負けませんよ。」

いつしか、空はすっかり晴れ渡っていた。


これからも戦いは続く <完>

※おことわり※
この物語はフィクションです。ダムの運用や用語関係も実際と異なる部分があります。ご了承ください。

作ってみたかった

これを作っていたのは8月最後の週末。まさに子供たちが宿題や自由研究を駆け足でこなしている同じころ、ぜんぜん関係ない大人も試行錯誤しながら工作をしていました。子供たちは学校に提出すればいいけど、大人は提出する場所がないのでDPZで記事にしてみました。発表できてよかった。
それとも職場に持って行ってみるべきでしたか。

貯水したお湯はすっかり冷めていましたが、もったいないので浸かりました

 
 
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