食べ終えた
お見苦しい点はすべてすっとばした。5尾の魚を食べ終えたら、意外なことを発見した。
他人が残していった、美しい魚の骨たち。あれは幻覚だったのだろうか。
かなり慎重に食べたつもりだが、私の技術不足か、はらわた部分の肋骨は申し合わせたように取れてしまった。それともパーフェクトだと思われた他人が残した骨も、じっさいにはこの部分はとれてしまっていたのかもしれない。
食べ終わったらほぼ骨セレブの完成だと思っていたのが甘かった。芸術作品でもなければセレブのオーラもない、ただの残骸だ。
洗う
アイドルやセレブになるためには努力も必要だろう。さらに小骨がとれてしまうリスクがあったが、ハブラシを使ってよけいな身をとることにした。
ていねいに慎重にハブラシを動かしているとき、(はて……?これはどこかで……)とデジャブ現象が起こった。化石や遺跡の発掘現場でよくみる光景だった。刷毛のようなもので延々と土を払うという途方もないあの作業だ。
気の遠くなるような発掘作業。テレビで見て、「よくあんなことやってられるなあ」と半ばあきれながら感心していたものだが、今まさにそれをやってのけている。けっこう必死で。
観賞する
「けっこう必死」な結果はすぐにあらわれた。
アイドルかセレブかと言われれば、それはちがう。そんなわけない。しかしもう食べ残しではなかった。
台所から進化論
なかなか骨からはなれず苦労した脊髄と血管は、「人類の祖先は魚」であることの証明だ。
ただの魚の骨から、解剖学、生態学、進化論へいきついたのは、台所だった。すごいことだと思う。今回はすごい企画だった。単純に考えりゃあ「サカナ食べただけ」。しかも手が生臭い。すごい、と思いこまなければ、やってられない何かがあった。
再会のとき
じっさいには魚の残骸をガイコツとは呼ばないし、たしかにそのイメージはなかったが、その有機的な造形は見ていてまったく飽きないものだった。
そんな中で、「遠い祖先」というよりも「近い先祖」では?と思わせるパーツもあってドキリとした。
ふだんならまず見逃すところだろう。