腰が引けた
最後の佃煮だけはちょっとどうかという結果に終わったが、フカヒレは庶民の食卓になんの問題もなく紛れ込める食材なことが分かった。
それにしても、なぜこうも「バチが当たりそう」と思ってしまうのだろう。悪いことをしてるワケでもないし、食べ物を粗末に扱ってもいない。なのに、この罪悪感。
フカヒレは「いいよ」と言ってくれても、心の底で「こんなことしていいんだろうか」と、どうしても躊躇してしまうのだ。
結局、私は物の値段から自由になれないということなのだろう。もしもフカヒレが100g300円で売られるような食材ならば、こんな気持ちにはならなかったかもしれない。
結論:フカヒレは庶民の食卓に対応可能な食材だが、私には精神的に扱いが困難である。
…そういえば、明日の肌の状態が楽しみだ。
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フカヒレ様を弁当に。畏れ多い。 |
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