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ちしきの金曜日
 
涙の味を確かめる
 


 涙腺から分泌されて眼球を潤している液体、涙。

 辞書ではこのように冷静に解説されていたが、「涙」という言葉にはいろいろなドラマがついてまわるものだと思う。

 あくびや目にゴミが入ったときに限らず、悔し涙や嬉し涙のように感情に関係する涙もある。偽りの涙、などという言い回しも聞いたことがあるだろう。

 その涙、普通はしょっぱい味がするということで知られている。基本的にはそうなのだが、実はその涙が流れ出た状況によって、成分や味が変わるという話を聞いた。

 一体どういうことなのか。実践的に調べてみました。

小野法師丸



●感情を高ぶらせるための試練

  目にうるおいを与えたり、異物から守ったりする役割をもつ体液、涙。基本的にはそういうものなのだが、人間が涙を流す状況には、そうした機能のためではない場合がある。

 嬉しくても悔しくても出てくる涙。実はそうした涙は、ホルモンや神経の働きによって普通とは成分が違うらしい。

 そうなのか。ならば実際に試してみたくなるというもの。

 しかし、泣くといっても大人になった今ではそうそうあることではない。この間泣いたのはいつなのか、もう年単位で前の話になりそうだ。

 確かめるには泣かなくちゃなあ…。家でそんな話をした翌日、仕事から帰ると食卓の様子がいつもと違っていた。


えっ!晩ごはん、これだけ?

 用意されていたのは、ごはんと梅干しのみ。そんな…。

 これは辛い。日中の仕事でおなかはペコペコ、いつもごはんをとても楽しみにして帰宅する私にはかなり辛いことだ。なんてことだ…。


隠せない不機嫌

 確かに自分が望んだ状況ともいえるかもしれない。しかし、目の当たりにするとこんなに沈む気持ちになるとは。俺はほんとに腹ペコなんだよ、本気で泣けてきそうだ。

 悲しみに拍車をかけるのは、カレーのいいにおいだ。


妻の方には好物のカレーが
羨望のまなざしの中に光るものが

 もちろん妻は自分の分として普通に食事を用意している。うまそうなカレーのにおい、なのにそれは食べられない自分。

 そして心に思い描くのは、気持ちをマイナスにもっていくための悲しいことたち。今の状況もすでにそうだが、さらに自分の中の悲しみの引き出しを開け、そこに感情移入させていく。


かなり情けない一枚

 真っ先に思い出したのは、「フランダースの犬」のラストシーンだ。ルーベンスの絵を前にして、ついに息絶えるネロとパトラッシュ。あれは悲しい。そして夕食がひもじい自分も悲しい。

 そんな2つの悲しみが重なったとき、ついに涙がこぼれてきた。


あくまで本気っす
早速テイスティング

 流れたしずくを指に取り、なめてみる。

 うん、普通にしょっぱいね。

 ……いや、なんなんだその感想は。こんなに自分の気持ちを揺さぶっておいて、「普通にしょっぱい」ってなんなんだ。もっとなんか、味を言い表す言葉があるだろう。

 そうも思うのだが、やっぱり「しょっぱい」しかわからない。そんなに特別な味がするわけではないのだ。

 味の表現が見つからないのは、この涙以外の比較対象がないからでもあるだろう。比べることで味の違いもわかるはず。そう、また別の状況で涙を流す必要がありそうだ。

 

●喜びに満ち溢れてこぼれるひとしずく

 そういうわけで、翌日やってきたのはステーキレストラン。今度はプラスの感情で流れる涙の味を確かめてみたい。


希望に満ちてる

 注文したステーキが来る前に撮った写真からして、気力がみなぎっているのがわかる。これから起きる喜びのひとときのことを思えば、胸も高まるというものだ。

 そうこうしているうちに、ウェイターがジュージューいってる皿を持ってやってきた。プレジャータイムのはじまりなのだ。


やったー!
食べながら泣くなんて無理だよ〜

 さあ、ステーキ食べるぞ! もぐもぐもぐ……できたらこの状態で感涙を流したかったのだが、やっぱり無理。そのおいしさについ普通にうれしくなってしまう。少し照れながら撮った写真も、マイルドに笑顔だ。

 まずは食べることに集中しよう。うまいうまい、うまいぞ。


怒ってるわけではない

 よし、食べ終わったら泣きタイムだ。写真だと不機嫌そうにも見えるが、決してそういうことではない。昨日の食事を思い出して、今日の充実感と向き合っているのだ。

 悲しみを乗り越え、ステーキを食べた自分。

 だめだ、やっぱり笑っちゃう。いやいや、ここはまじめに、ステーキのおいしさと、これまでの人生での喜びとを重ね合わせるのだ。浪人して大学に受かったあの瞬間、妻を言いくるめてなんとか結婚にもちこんだあの日…。


ステーキ屋ですが、ウルウルしてきました
いろいろな意味を込めて雫となった涙

 悲しい涙よりは時間がかかったが、だんだん涙腺が緩んできた。意外とできるもんだ、などと客観的になると涙が引っ込んでしまうので、テンションを保たなければならない。

 ……小さいけれど、滴が流れ出たぞ。味を確かめよう。


情けなくなんかない、感動しているのだ

 あ!しょっぱいよ、これ。

 そう言葉にすると、「またか」と思われるかもしれないが、違うのだ。明らかに昨日の涙よりしょっぱいのだ。塩辛いのだ。

 意外とはっきりわかった味の違い。一体どうしてなのだろう。

ステーキに男泣き

●鼻水も出ました

 2つの涙を比べてわかった味の違い。はっきりわかったのは予想外だった。

 神経やホルモンのことは詳しくわからないのだが、自分なりに思い当たる感じはある。1日目の涙は割と自然にポロッと出たのに対し、2日目のはじっくりとにじみ出るような感じだったからだ。

 つまり、出している感じからしても、2日目の方が「濃い」ような感じがしたのだ。

 科学的な根拠にはなっていないのだが、味わってみての実感のようなものはある。今後も、さまざまなシチュエーションで涙が出ることがあったら確かめてみたいと思う。


 
 
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