自分と通信中のアンテナだという確信がほしい
新宿で見たアンテナは、遠くにあるし、残念ながらどの電話会社のアンテナかを知ることはできなかった。
ぼくのもっているのはボーダフォンなので、できればボーダフォンのアンテナを探したい。もし見つかって、その真下で電話すれば、まちがいなくそれがいま自分と通信中のアンテナに違いないからだ。
山本さんによると、郊外には基地局のための塔が多くたっていて、そういう塔は(もちろん中には入れないけれど)近よるとどの電話会社なのかが書いてある、とのことだった。
さっそく新宿から小田急線で多摩方面へ南下し、そのような塔をさがすことにした。
しかし、電車内からさがしていても、塔はまったく見つからない。たまにPHS用の幸せの4エレアンテナが見つかるくらいだった。
山本さんと古賀さんとも相談し、いったん電車をおりてバスで塔をさがすことにした。
バスにものんびりとは乗っていられない。バスの左側をぼくが、右側を山本さんと古賀さんが見張り、それらしきたてものがないかを探しつづけた。
出発して10分ほどたったころ、とつぜん山本さんと古賀さんが「あった!」と声をあわせた。
住宅地のまんなかに、基地局の塔がぽつんと立っているのが車窓から見えた。
急いでバスを降り、近くへ向かう。
基地局は小高い丘のうえに立てられていたため、近づくだけでもちょっとした登山のようだった。
これはどの電話会社のアンテナだろう。うまいことボーダフォンのものである確率は3分の1だ。
よろこび勇んでアンテナの真下から古賀さんに電話をかけてみる(じつは古賀さんがその日持っていたのもボーダフォン)。
「はい、もしもし古賀です!」
心なしか、古賀さんの声が大きくはっきり聞こえる気がする。やっぱりアンテナに近いからか!
「いや、ふつうじゃないでしょうか。あとやっぱり時間差がありますね。」
ざんねん。すぐそばで電話をかけているせいで、地の声が空気をとおして聞こえていただけみたいだった。
もう分かるぞ
山本さんがこの取材のことを事前に同僚の方に話したところ、「携帯電話のアンテナなんてあちこちにあるじゃないか。そんな当たり前のことが記事になるのか」と心配されたという。
たぶん、知っている人にとってはこんなのはわざわざ言わなくても、という知識なのだろう。でも、ぼくにとってはとても新鮮な発見だった。
そしていまや、ぼくはちょっとだけ「当たり前」の側に近づいたと思う。いままで見えなかったものが見えるようになることは、いつだって嬉しい。