親父・お袋世代にとってのクジラ
今でこそ、特定の地域以外ではほとんど食べられていないクジラだが、昔は給食にも出るくらい一般的だったという。そのあたりの話を、おふくろに電話で聞いてみたところ、
・戦後、食料のない時代に配給で配っていた。
・ベーコンだったが、しょっぱくて脂でギトギトしていてまずかった覚えしかない。だから今でもあえて食べようとは思わない。
という、超マイナス・イメージだった。
ちなみにおふくろは東京の下町育ち。昭和13生まれなので終戦を迎えたのは7歳の頃、つまり小学校低学年での感想となる。
一方、おやじは昭和7年生まれ、終戦のころ中学生だったのでまた違った感想かもしれないと思って聞いてみた。ちなみに親父は仙台出身。クジラ消費量第2位の県出身なわけだが・・・
・戦後は牛肉も豚肉もまったく手には入らなかったから、肉といえばクジラだった。
・牛肉の大和煮の缶詰というのがあるが、それと同じ鯨の大和煮の缶詰をよく食べた。あれはわりあい美味しかった。
・ウサギも食べた。家で飼ってるウサギを肉屋に持って行くと捌いてくれた。味は鶏肉とまったく同じでおいしかった。何度も食べた。
・ウサギを捌くのは嫌だから肉屋でやってもらったが、鶏は自分ちで捌く家が多かった。
・・・だんだん違う話になっていったが、いずれにせよそういう時代の食べ物というイメージが、この世代の人たちに強いのは確かなようだ。
しかし、長崎で私が食べた鯨料理はどれも美味しかった。
長崎では、前述の鯨盛りの写真のように
・上等な部分を
・薄ーく切って
・ポン酢や酢味噌、それに薬味などをつけて食べる
というように、食し方が文化として確立しているところが
今も続いている理由なのかもしれない。
 |
長崎では、ほんとあちこちでクジラが食べられる。
(ちゃんぽんとかトルコライスとか、長崎はどういうわけか食のガラパゴス現象がよく見られる) |
|