特集 2018年4月12日

キオスクの壁はたぶんクスノキ

木のふりをした印刷の木材の種類を調べます(クスノキの写真:By Tam0031, CC SA-BY 3.0)
木のふりをした印刷の木材の種類を調べます(クスノキの写真:By Tam0031, CC SA-BY 3.0)
街中で使われている木は、じつは木のふりをした印刷だったりする。

とはいえ適当な木ではなく、高級な木の断面を精巧にコピーしたものらしいのだ。

街中の印刷された森にはどんな木が多いのか調べてみた。
1976年茨城県生まれ。地図好き。好きな川跡は藍染川です。(動画インタビュー)

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> 個人サイト ツイッター(@mitsuchi)

木のふりをした印刷とは何か

街中には木目の模様をした壁がたくさんある。
こういうのだ
こういうのだ
木かな、と思って近づいてみると、実は木の模様が印刷された何かだったりする。
フィルムっぽい光の反射
フィルムっぽい光の反射
これはたぶん木目が印刷されたフィルムだろう。詳しい人によると、こういう素材にはダイノックフィルムとか、デコラ、アイカなどの定番の商品があるらしい。

どこにでも貼れるフィルムだったり、印刷済みの板だったりする。

これらの多くは、絵ではなく本当の高級な木材を使って印刷したものだそうだ。メーカーのカタログを見ると、ウォールナット、マホガニー、チークなどのそれらしい木材名が並んでいる。

こうなると、がぜん興味が湧いてくる。ぼくが普段見ているあれやこれやの壁や看板は、どんな木を印刷したものなんだろうか。街中の、印刷でできた森で生い茂っているのは、どんな木が多いんだろうか。

図鑑とカタログを手に調べてみる

木材大事典という本を手にいれた。ありとあらゆる木材が200種類近くも載っているという。
「木材大事典」誠文堂新光社、村山忠親 著、村山元春 監修
「木材大事典」誠文堂新光社、村山忠親 著、村山元春 監修
185種類!

それから、フィルムのカタログについても、メーカーのサイトで公開されているPDFをダウンロードしておいた。
こんな具合
こんな具合
カタログにもたくさんの樹種が載っている。ただし、主要な木材は10種類くらいのようだ。もしもカタログどおりのものがあれば、素人ながら見分けられるんじゃないだろうか。

というわけで、これらを持って街中に出てみた。
喫茶店の看板
喫茶店の看板
ふだん意識してなかったけど、喫茶店の看板は木の模様をしてることが多い気がする。

これが何の木か調べてみよう。
拡大してみる
拡大してみる
ずいぶん赤い。そして黒い。

ふだん本棚とかで見慣れてる黄色っぽい木とはだいぶ違う。図鑑とカタログを一つ一つ見たところ、それっぽい木が見つかった。
これじゃないかな?「インドローズ」
これじゃないかな?「インドローズ」
ダイノックフィルムのカタログにも「ローズウッド」というものが載っていた。インドローズはローズウッドの一種だそうだ。チェスの駒などにも使われているとのこと。
エクセルシオールの木はたぶんローズウッド(ローズウッドの写真:By Wibowo Djatmiko, CC SA-BY 3.0)
エクセルシオールの木はたぶんローズウッド(ローズウッドの写真:By Wibowo Djatmiko, CC SA-BY 3.0)
マホガニーっていうのも似てるんだけど、こんなに赤くて黒くてはっきりしましまじゃないようなんだよなあ。こんな感じで他も見ていきます。
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駅の中も印刷の森だ

駅の中にあるキオスクも、木っぽいなと思っていた。
キオスク
キオスク
近づくとこんなだ
近づくとこんなだ
この時点でなんの木か分かる人はいますか? いたらすごいと思う。専門家だな。

ぼくは当然分からないので、図鑑とカタログを1点ずつぜんぶ比較した。

そして分かった。これはたぶんクスノキだ。
キオスクはクスノキ。たぶん。
キオスクはクスノキ。たぶん。
具体的には、この「へげへげ」になってるところが特徴的だ。
へげへげの部分
へげへげの部分
図鑑によると、このへげへげは「縮れ杢(ちぢれもく)」というらしい。トチノキが有名で、クスノキでも出るそうだ。

同じような縮れ杢の出ている木は他にもある。
大手町にあるオフィスビルの飲食店街
大手町にあるオフィスビルの飲食店街
向かいの飲食店のメニューが貼り出されている。

そして、この部分。
縮れ杢!
縮れ杢!
そしてこれは実はクスノキであることが分かっている。ダイノックフィルムのカタログの「施工事例」に載っていたからだ。だからキオスクもクスノキだと思う。たぶん。

どんどん見ていこう。歩くとすぐに見つかる。
喫茶店の扉の木
喫茶店の扉の木
拡大するとこんな
拡大するとこんな
この喫茶店の場合、色はさっきのローズウッドほど赤黒くない。うすい茶色と濃い茶色のしましまだ。細かい穴がいっぱい空いている。

この条件に合っていて一番似ているのは、ウォルナットだ。
ウォルナット
ウォルナット
ウォルナットはクルミの木だそうだ。木目が美しく最高級の家具などに使われる。図鑑によると世界三大銘木の一つとのこと。さっきの施工事例にあった大手町の木も、クスノキの隣がウォルナットだった。
これもウォルナット
これもウォルナット
カタログによるとこのフィルムは「ウォールナット 板目 FW-1744」らしい。こういう品番が分かると、秘密を知ったみたいですごく嬉しい。

だっていまこの場所にいる人のなかで、これがウォールナットで、FW-1744だってことを知ってるのはぜったいぼくだけだと思うから。

なお、「板目(いため)」というのは年輪が刀の先っぽみたいに出る切り方のこと。よく見るのは「柾目(まさめ)」で、年輪がきれいに並行に並ぶように切られている。
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見分け方が分かってきた

こんな感じでいろいろ見ていったところ、だんだん木の種類が見えるようになってきた。

でもあくまで推測ですのでご容赦を。
スタバのここはマホガニー(マホガニーの写真 By jayeshpatil912, CC BY 2.0)
スタバのここはマホガニー(マホガニーの写真 By jayeshpatil912, CC BY 2.0)
東京駅の通路の天井はオーク(ホワイトオークの写真 By Jaknouse, CC BY-SA 3.0)
東京駅の通路の天井はオーク(ホワイトオークの写真 By Jaknouse, CC BY-SA 3.0)

1. 世界三大銘木が怪しい

サンプル数は少ないものの、どうもウォールナットが多いように思う。それからマホガニーだ。どちらも三大銘木に含まれる。

考えてみれば、印刷とはいえせっかくなら高級木材を使いたいに違いない。むしろ印刷だからこそ。

だから本来の木材として高級なものほど、多く使われるという傾向はあるのかもしれない。

ちなみに三代銘木のもう一つはチーク。これも印刷されているのをよく見る。
チークのテーブル(写真は By Guaka, CC BY-SA 3.0)
チークのテーブル(写真は By Guaka, CC BY-SA 3.0)

2. ぶつぶつがなければ針葉樹

近づいてよーく見ると、小さいぶつぶつが見える場合と見えない場合がある。
ぶつぶつあり
ぶつぶつあり
ぶつぶつなし
ぶつぶつなし
小さい穴は道管というもので、広葉樹にしかない。針葉樹の断面は仮道管というもっと細かい穴が集まってできているので、ぶつぶつの穴としては見えない。

なんか習ったなー!仮道管。そして、針葉樹の木材として使われるのは、たとえばスギやマツ、ヒノキとかだ。言われてみると、ヒノキ風呂とか、近くで見てもまっさらで、ぶつぶつしてない。そして白っぽい。
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建築家はどうやって選んでいる?

カタログを見ていて思ったことがある。これ、建物を設計する人はどうやって木の種類を選んでいるんだろう?

本当の木を使うなら、選ぶポイントはいくつもあることが想像できる。見た目のほか、コスト、重さ、加工のしやすさ、香りなどなどいっぱいあるだろう。一方、印刷の場合は見た目が10割で選ぶことになりはしないか。
どうやって選ぶのか
どうやって選ぶのか
そこで、建築家の知り合いに聞いてみました。

まずは、本当の木を使うときの選び方から。図鑑だけでも185種類もあるなかから、どうやって選ぶのか。

「まずはどういう雰囲気を出したいかですね。たとえば和風にしたいのか洋風にしたいのか」

なるほど、まずは雰囲気が大事。

「和風にしても、数寄屋風にヒノキとかで白っぽい生成りにしたいとか、同じヒノキでも古民家風ならいぶされた黒いのを使うかとか」
ヒノキ
ヒノキ
「洋風にしても、北欧風に白木のさわやかなモダンな感じにするか、昔の社長室みたいに赤黒い重い木を使って高級感を出すか」

「あとは世界観ですね。たとえば寿司屋なら和風の木、洋食なら洋風を、とか」


出したい雰囲気に合わせて、木の種類を選ぶと。では、印刷されたフィルムの場合はどうなんでしょう?

「フィルムを使うのは、簡単にいうとお金がないときですね。本当の木は輸出制限があって高かったりします」

なるほど、やっぱり費用が大きいんですね。だとすると、お金さえあればできればいつでも本当の木を使いたいんだろうか?

「そうとも言えません。たとえば飲食店で使うテーブルの天板の場合、本物の木だと汚れを拭き取るのが大変だったりします。そういう用途にはデコラとかアイカっていう定番がありますね」

デコラは住友ベークライトの商品名、アイカは建材メーカーの名前だそうだ。
ぼくの職場のテーブルも木目の印刷だ。その証拠にテカってるし、道管の模様はあるのに凹凸が全くない。たぶんウォルナットかな?
ぼくの職場のテーブルも木目の印刷だ。その証拠にテカってるし、道管の模様はあるのに凹凸が全くない。たぶんウォルナットかな?
「あとは、内装制限というものがあって、例えば大きな建物の通路では燃えにくい素材を使わなければいけないといったルールがあるんです。そういう場合、木は使いにくい」

火事への対策があるから、木は使いにくいと。ただ、本当の木を燃えにくくするような処理をして使うというのを聞いたことがある。ケースとしては少ないんだろうか。

「確かに、世の中的には木材を使いましょうという機運はあります。そういう法律もあります」

公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律というものがあって、国や自治体が作るような建築では基本的に木を使おう、というルールがあるそうだ。

「ただし、難燃化処理にもコストがかかるし、緑色がかってしまうことがあるという難点があります。それに商業施設は燃えにくいようにより厳しいルールになっているので、なかなか木でということは少ないんです」

まとめるとこうだろうか。まずは、雰囲気を重視して木材の種類を選ぶ。次に、コストや状況に応じて本物なのか印刷なのかを選ぶ、と。

カタログギフトみたいに何がいいか選ぶ感じを想像していたんだけど、そうじゃなくて、目的の樹種が先にあって、それをカタログから選ぶっていうことなんですね。当たり前か。
たとえば、マクドナルドのこの木の部分は、ハンバーガーなんだから洋風の木ということになるだろうか。
たとえば、マクドナルドのこの木の部分は、ハンバーガーなんだから洋風の木ということになるだろうか。
拡大したところ。何の木だろう・・。ぼくにはまだ分かりません。
拡大したところ。何の木だろう・・。ぼくにはまだ分かりません。
「それからこれは余談なんですが、本来は上等な木材がフィルムになっていたのに、安い木材がフィルムで使われるケースがあって、面白いですね」

「たとえば、ぼろぼろになった古材風の壁紙とか、コンクリート打ちっぱなし風の壁紙なんかもあります」


打ちっぱなし風のフィルムについては聞いたことがある。ゲンロンカフェというところで、当サイトライターの大山さん含む4人で行われたトークショーで、三井祐介さんという建築家の人が紹介していた。

木のふりをした印刷がとても多い、それにはダイノックフィルムというものが使われている、ということ自体もそこで初めて聞いた。そのときの衝撃は大きかった。いつかダイノックフィルムの樹種を見分けられるようになりたいと思ったのだ。

木の見わけ方が少し分かった、かも?

印刷の木にかぎらず、何かに似せたものを使う、というパターンは多い。その理由はさまざまで、とても面白いと思う。

これを調べはじめてから、オフィスの机を見ても「道管があるから広葉樹だな」とか「たぶんウォールナットだな」と思えるようになってきた。

いまのところ自己流なのでなんとも怪しいけど、新木場に「木材・合板博物館」というのがあるそうなので、とりあえずここに行きたい。
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